第二話 ぬくもり

 

すでに夜の帳が下りはじめた頃、ガゼル達はアジトに辿り着いた。

ちょっと大き目の建物に明かりが灯り、人の生活の気配を匂わせている。

「あれが俺達のアジトだ。」

「はぁ…アジトですか。大きなお家ですねぇ。」

真奈が感心しながら言った。

「家じゃねーよ。元々孤児院だったのを再利用してんだ。」

「はぁ……あら?玄関付近に立っている方は?」

「ん?ああ、あれはリプレといって、狂暴な奴だから刺激しないようにしとけよな。」

ガゼルが悪戯っぽく笑いながら耳打ちする。

リプレと呼ばれた少女はにこりと微笑んでガゼルの肩に手を置いた。

「…だれが狂暴ですって?」

「……げっ…」

どうやらしっかりと耳に届いていたようだ。

硬直するガゼルを無視して(どうやら日常茶飯事らしい)エドスが言った。

「突然ですまんが客人なんだ。夕食を一人分追加してくれんか?」

「ああ、今一人食い手が減ったところだから構わないわよ。」

リプレが笑顔で言った。

はっ!っとしたガゼルがリプレに詰め寄る。

「っておい!減った食い手ってのはもしかして俺の事か!?」

「他に誰かいる?」

リプレがムスっとして睨み付けながら言った。

「マジかよ〜!?」

「…冗談よ。レイドが、ガゼルとエドスがお客さんを連れてくるから一人分多めに用意してくれっていってたのよ。」

「なるほど〜………って、おぉぅ!?なんでレイドがそんなことを…?」

ガゼルは納得したように頷いた瞬間、驚いたように仰け反った。

「最初から見ていたから…といえば納得してもらえるかな?」

家の中から落ち着いた雰囲気の長身の男が姿を見せる。

薄暗くてよくは見えないが、体格はかなりいいようだ。

「レイド!…最初からって…」

「ここで説明してもいいのかな?」

「がっ…ノーセンキュー…」

ガゼルが観念したように身を引っ込めると、レイドは軽く笑ってから、真奈を家の中に招き入れた。

「お、おじゃまします…」

常にマイペースな真奈もさすがに少しだけ緊張していた。

実は彼女は自分の家以外の家に入ったことがあまりないのだ。

「夕食までは少し時間がある。よかったら話しを聞かせてくれないかな?」

広間でレイドが真奈に椅子を勧めてから言った。

「はぁ…お話と言われましても、私にもなにがなにやらさっぱりでして…」

とりあえず、この世界で初めて目を覚ましてからの事を洗いざらい話した。

途中、言葉が足りない所をガゼルとエドスがすかさずフォローするあたり、真奈の取り扱いに馴れてしまったと言う所だろうか。

「しかし…こっちから聞いといてこういうのもなんだが…全部包み隠さず話してしまうかねぇ?」

ガゼルが呆れたような感心したような複雑な表情で言った。

「よっぽど平和な世界で生きてたのかね。」

「そんな…全部話した訳じゃないんですよ。」

隠していた時の嘘がばれたような罰の悪い表情で真奈がおずおずと切り出した。

「ほう?」

「昨日の夕食とか、実は宿題が途中だった事とか、後輩にお金を借りたのに返せなくて困っている事とか、他にえーとぉ……」

「誰がっ!んなことをっ!聞きたがるかぁぁぁぁ!!!」

突然ガゼルが大声を出したので、真奈は驚いてお茶を落としてしまった。

「あらあら…もぅ、いきなり大声を出したらビックリしますよぉ。」

どこか楽しそうな表情でこぼれたお茶を拭う。もちろん、布巾はリプレに渡されたものだ。

「ねぇねぇ、この袋はなにぃ〜?」

お子様三人衆の一人・フィズが、真奈の持っていた袋を興味津々といった面持ちで突ついた。

「あぁ、これは…ノートと、ネームペンと、シャープペンと、その芯と、消しゴムですねぇ。」

コンビニで購入した文房具を一つ一つ確認するように取り出してテーブルの上に並べて見せた。

「わぁ、ねぇねぇ、これはなに?どーやって使うの?」

アルバがシャープペンを手に取って言った。

「これはシャープペンといって、ここを押すと…」

カチカチカチと芯を出してノートにすらすらとニャンコを書いて見せる。

「…………これはなに?………お菓子?」

そういってラミが指差したのは消しゴムだった。

「えぇと、これはぁ…」

ペリペリとビニールをはいでさっき書いたニャンコをささっと消して見せると子供たちから感嘆の声が上がる。

(こんなものが珍しい世界なのかぁ)

と、いまさらながらに異世界に来たことを再認識していた。

「あー…ところで、そろそろ話しを再開したいのだが…?」

レイドがコホンと咳払いをして話しを促した。

「あぁ、ごめんなさいです。なんの話しでしたっけ?」

慌てて袋を仕舞おうとすると、袋の中からいろいろな色の石が転がり落ちた。

「あ」

真奈が思い出したように呟いてポリポリと頭をかく。

「これはニャンコさんお婆さんしたわけではなくて、あとで交番に届けようと思っててですねぇ」

「ニャンコさんお婆さんって……ニャンコ…猫…ああっ、ネコババのことかっ!!」

「だから、ニャンコさんお婆さんしたわけではないですよ。」

真奈がこまったように苦笑いを浮かべていた。

「別に、拾ったものなら貰っとけばいいじゃねーか。」

ガゼルが当然のようにいってのける。

「わ、そんなことしたら怒られますよぅ。」

「バレやしねーよ。だいたい、この世界じゃ落とす方が悪いんだ。なぁ?」

みんなに同意を求めるが反応は冷たいものだった。

「…まぁ、それはともかくとして、これはどこで拾ったんだい?」

レイドが気を取り直すように咳払いをしてから話しを続ける。

「えとぉ、私が目を覚ました場所に落ちていたんですよ。」

「ふむ…これはサモナイト石と言って、召喚師が召喚の儀式を行う時に使用するものだ。」

つまり…やはり真奈が目を覚ました場所では召喚の儀式が行われていた。

そして、真奈はその儀式によってこの世界に呼び込まれてしまった。

…これはやはり偽りようのない現実なのであろう。

「…そうですかぁ…」

話しを理解したのかそうでないのか…真奈はうんうんと頷いて見せた。

「そういえば、レイドは召喚術に詳しかったな?」

エドスが思い出したように切り出した。

レイドが軽く自嘲気味に笑いながら言う。

「昔、少しだけ調べた事があってね。たかが騎士の分際では『かじり』すらも調べる事ができないのが現状だよ。」

「でも、俺達よりは詳しいよな?どうだ、明日レイドも連れてもう一度儀式の跡地を調べてみないか?」

ガゼルがこれは名案!とばかりに手を叩いて提案する。

「ふむ…たしかに、今日はほとんど調べていないしな。わしらでどこまで調べられるかは分からんが、何もしないよりはマシだろう。」

どうやらエドスはガゼルの意見に賛成のようだ。

「それがいいと私も思う。もしかしたらマナが元の世界に戻るための手がかりが見付かるかもしれないからな。」

レイドの賛成を得た所でガゼルが真奈に呼びかけた。

「な、真奈も行ってみるだろ?」

「…はぁ…でも、みなさんにご迷惑がかかりますし、私も明日は自分の住処を探しに行かなければなりませんし…」

この元孤児院は見るからに裕福ではなかった。

まぁ、これだけの人数が生活をしているのだから当然だろう。

現に、ガゼルもエドスも強盗をしようとして真奈と出会ったのだから。

そんな場所に自分まで居座ってしまったらどれだけ迷惑になる事か。

元々遠慮がちな性格の真奈には、この家に居座るなんてできるはずのない行為だ。

「…どうやら、私たちの懐を気にしてくれているみたいだね。だが、そう気にすることもないよ。君一人くらい増えても、リプレならうまくやりくりしてくれるさ。」

「レイドもこう言ってんだからさ、遠慮なんかすんなよ。」

ガゼルも引き止めようとしてくれているらしいが、それでも真奈には決断する事ができなかった。

なぜなら、真奈は子どもの頃から『人に迷惑をかけない、いい子ども』だったからだ。

そう…しつけられて育ってきたから…。

「…なにか迷う所があるらしいがよ…この町の右も左もわからねーんじゃどうしようもねーだろ?」

「でも……」

「かーーーーー!!んじゃなにか?お前は俺達と暮すくらいなら、見もしらねー場所でのたれ死ぬほうがいいってのか!?」

ガゼルの言う通りだ。この世界の地理も全然わからないのに、真奈一人で生きて行けるはずもない。

それは解っているのだが……。

「落ち着け、ガゼル。彼女には彼女の考え方があるのだろう。私たちが強制しても仕方ない。マナ、ゆっくりと考えて見るといい。私たちの気持ちは変わらないからね。」

レイドはそう言って優しく微笑むと、

「この話はここまでにしよう」

皆を解散させて席を立った。

「夕食の用意はもうすぐ終わるわよ。ガゼル、用意を手伝って。」

出入り口から顔を覗かせたリプレが言った。

「なんで俺が…」

「一番暇そうだから。」

即答だった。

うまい言葉で差し込められて言い返せなくなったガゼルはしぶしぶとリプレに続いて部屋を出て行く。

そんなガゼルを見送って軽く吹き出した後、真奈も席を立った。

ちょっとアジトの中を見学するつもりでウロウロしていると、お子様三人衆の一人・ラミの姿を発見する。

「…………」

ラミは無言で、興味深そうに真奈の顔を覗き込んでいた。

真奈はそんなラミをいつも通りニコニコしながら見つめ返している。

しばらくして、ラミの方から先に言葉を掛けた。

「……お姉ちゃん、おうち…ある?」

「…?」

「ラミと一緒でおうち…ないの?」

(そうか…ここは元孤児院だと言ってたっけ…)

と、言う事はラミを含めたお子様三人衆はみんな孤児なのか…。

親の顔も知らない…

家庭も知らない…

そんなラミの瞳に自分が映っている事に気付く。

「私はおうち…ありますよ。」

「………いいな…」

(いいな…か…。そんなに良い物でもない…)

「ラミさんは、おうちがなくて…寂しいですか?」

「………」

ラミが無言で首をふるふると横に振る。

「…リプレママがいるし…みんながいるから…。…ラミは寂しくないよ…。」

そう言ったラミは初めて真奈に笑顔を見せてくれた気がする。

そんな笑顔を見て、真奈は憧れに近い感情を持つ自分に気付いた。

「私は…おうちはありますけど、ラミさんの方が羨ましいです。」

「………?」

「私はおうちがあっても一人でしたから…。」

「………」

「お父さんもお母さんもいつも仕事で…私はとっても広いおうちに一人だったんです。」

ラミ相手にそんなことを言ってもしょうがない。

それは解っていた。

でも、ラミの笑顔を見ると自分の今までの生活が思い出されたのだ。

広い家。

優秀なメイド。

不自由のないお小遣い。

でも、幸せはなかった。

お盆もお正月も家族が揃う事はない。

誕生日だってそうだ。

とくに仲の良い友達だっていたわけではない。

普段真奈に干渉しようとしない両親は、友達関係には厳しかったからだ。

『真奈はあんな低俗な子どもとは違うのよ?もっと自分にあった友達を選びなさい。』

それが母親の口癖だった。

仲良くなろうとした友達もどんどん自分から離れていく。

そうして、真奈は自分から人に近づくことを止めてしまった。

そして…真奈は一人になったのだ…。

「………」

ラミはただ、真奈の顔を覗き込んでいた。

「…だったら、家族になればいいよ…」

「…え?」

予想だにしなかった言葉に思わず聞き返した。

「ラミ達と一緒に…リプレママの子どもになればいいよ。」

子どもの何気ない一言だった。

しかし、真奈の心にはとても温かく響いた。

その時、ガゼルの声が聞こえてくる。

「おーい、ラミ、マナ!メシの準備ができたぞ!」

「……いこ」

ラミに手を引かれて、真奈は食卓へ向かった。

広めの食卓に所狭しと並ぶ皆。

暖かい空気が真奈の体を包み込む。

「先にいただいとるぞ。」

エドスがスープを口に運びながらいつものように豪快に笑いながら言った。

「お口に合うかは分からないけど…」

リプレが少し照れたように笑いながら、真奈の分の夕食を差し出す。

「ふむ…おいしいな。」

レイドが満足そうに微笑む。

「おい、リプレ!おかわりくれ!」

ガゼルが皿を差し出しながら言うと

「駄目。あんたは食べ過ぎよ。」

意地悪っぽく顔を背けて見せた。

「ぐぁ、いーだろー!?」

必死に訴えるガゼルを見て、リプレが吹き出しながら皿を受け取る。

(…にぎやかな食卓…)

そう思いながら、真奈はリプレに手渡されたスープを口に運んだ。

確かにおいしい。

でも、それ以上の感情が真奈の心に広がる。

「…暖かい…」

そんな言葉が口をついて出てきた。

…いつからだろう、自分はこんな食卓を夢に見ていたのだ。

(…ここには、私が望んでいた居場所がある…

  暖かい場所…

  明るい場所…)

突然、周りが静かになる。

「……マナ?」

レイドが心配そうに名前を呼ぶ。

その時初めて、自分の頬を熱い雫が伝っている事に気付いた。

「スープ、お口にあわなかった?」

リプレが申し訳なさそうに言った。

真奈は慌てて首を横に振って

「そ、そんなんじゃないです!」

涙を拭いながら言った。

「ただ、私はこんな食事に憧れていて…みなさん、とても暖かくて…気がついたら私、泣いていたんです……」

「マナ……あなたさえよければ、ずっといてくれてもいいのよ?」

そう言ったリプレの笑顔は包み込むような母性に溢れていた。

(私は…今まで誰にも迷惑を掛けない事を心がけてきた…でも…)

望んで手に入らなかったものがここにはある。

「ご迷惑かもしれませんけど…私を…ここに置いて下さい。」

言って深々と頭を下げる真奈。

「わしはかまわんぞ。」

エドスはいつも通り豪快に笑っていた。

「ったく、だから最初からそう言ってんだろ?」

ガゼルがニヤリと笑いながら言った。

みんなが暖かく迎えてくれた。

「私も、依存はない。」

と、レイド。

「……かぞく」

ラミが笑顔で囁くように言った。

「そうよ、マナお姉ちゃんも今日から家族なのよ。」

ラミの頭を優しく撫でながら言ったリプレは心から歓迎してくれているような優しい笑顔をたたえていた。

「……ありがとう…ございます…」

こうして、真奈はサイジェントの南スラムにアジトを持つチーム【フラット】の一員…

いや、家族として迎えられる事になったのだった。

チーム【フラット】で迎える初めての夜。

真奈は一人、月明かりの下に佇んでいた。

夜風は心地よく、月の光は真奈の心までも優しく照らしてくれているようだった。

「なにしてんだ?」

不意に、背後から声を掛けてきたのはガゼルだった。

「月が奇麗でしたから…月光浴を楽しんでいました。」

「へっ、やっぱそーゆーのんびりしたのが好きだろうと思ったぜ。」

ケラケラと笑いながら真奈の隣りに腰を下ろした。

「ま、こーゆーのもたまにはいいかな。」

月の明かりが二人の姿を照らし出す。

最初に口を開いたのは真奈だった。

「…ご迷惑…ではありませんか…?」

ガゼルはヤレヤレな表情で

「まだ言ってんのかよ?」

言った。

「ちょっと気にし過ぎだぜ?」

「…私はこれまで良家の令嬢として『良い子』で有り続けなければならなかったんです…」

「へぇ、お前、貴族の娘だったのか」

「そう…ですね、こちらの世界で言う『貴族』に当たるのかもしれません。」

「どーりで、平和ボケしたような面だと思ったぜ。」

納得したように言って、ガゼルはカッカッカと笑う。

「でもさ、ここではお前は貴族の娘なんかじゃねぇ。…そう、俺達と同じ平民なんだ…」

「ガゼルさん達と…同じ…」

「そうさ。だから、無理して『良い子』でいる必要なんてねぇ。ちょっとくらい『悪い子』になっていいんだぜ?」

そうは言っても、今まで『良い子』として生きてきた真奈がそう簡単に変われるはずはない。

「まぁ、そう焦ることもないさ。ゆっくり…少しずつ…な?」

そう言って、ガゼルは悪戯っぽくウインクして見せた。

(変われるかもしれない)

そう思った。

今までの、『良い子』を演じ続けた自分から、『本当の自分』へ…。

そこから、彼女の本当の人生がはじまるのかもしれない…。

今、運命の歯車がゆっくりと動き始めていた…

次回 サモンナイト紅田Ver第2話
未知の力

いよいよ、チームフラットでの新しい生活がスタートした。
温かい家庭。自然に満ちた世界…。
しかし、それは人の性なのか、『悪意』と『憎しみ』は確実に息巻いていた。

強い悪意を持つ存在が私達を襲う。
…黒い瞳が金色の瞳に変わる時、未知なる力が発動するのだった。

次回予告






SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送