第三話 未知の力

 

「あ、マナ、ちょっと来て」

朝食も終わり、これから何をしようかと思いを巡らせている時、不意にリプレが真奈を呼び止める。

「はい?」

いつも通り、のんびりした返事を返してリプレの後をついていく。

リプレの部屋(お子様三人衆の部屋でもある)に入ると、一着の服を差し出された。

「あなたの服よ。その服のままじゃ外を歩きにくいでしょ?」

確かに、ちょっと大きめのトレーナーに普通のジーンズという真奈の服装はこの世界のものとは大きくかけ離れている。

アジトの中をウロウロする分にはいいが、外に出ればとてつもなく目立つ事だろう。

……当の真奈本人は全く気付いていなかったのだが…。

「素敵な服ですねぇ。」

手渡された服をニコニコと見つめる真奈。

「しかし、たった一晩で仕上げるとはな…」

いつからそこにいたのか、ガゼルが感心したように言った。

「ついつい張り切っちゃった♪……って、なんでガゼルがそこにいるのよ?」

「アルバと遊んでたんだ。なぁ?」

「おぅ!海賊ごっこしてたんだ!」

アルバが得意げに胸を張っていう。

「はぁ、そうなんですかぁ。楽しそうですねぇ。」

真奈はいつも通りニコニコしていた。

…着替え中と言う事はすでに忘れているらしい。

いや、単に気にしていないだけかもしれないが…。

「それで、ガゼルはいつまでそこにいる気かな?」

リプレが引き攣った笑顔で問う。

「さ、さて、船長、次の獲物を探しに行きやしょー!」

微かな殺気を感じたガゼルはアルバを連れてそそくさと部屋を出ていった。

「まったく」

呆れたように溜め息を吐いてから、真奈の様子を伺う。

「どう?」

「はぁ……ぴったりですねぇ。」

正直、驚いていた。

サイズを教えた訳でもないのに、まるで計ったかのような寸法!

…まぁ、サイズを聞かれた所で、当の本人は自分のサイズなど知りもしないのだが…。

「よかったー♪目測で作ったからサイズが合わなかったらどうしようかと思ったわ。」

(バストサイズには目を疑ったけどね…。目測より少し大きめに作って丁度…)

ボソリと呟くリプレがいた。

「リプレさん、ありがとうございます」

真奈が深々と頭を下げると、リプレが照れたように顔をほころばせる。

「まぁ、気に入ってくれたんなら徹夜した甲斐もあるわ。」

さらりとそんなことを言ってのける。

「徹夜…なされたのですか?」

そんな様子はまったくなく、今まで誰も気付かなかったのだ。

リプレは疲れと言う物を知らないのだろうか…?

「さてと、朝食の後片付けしなくちゃ。」

鼻歌まじりに炊事場へと向かうリプレ。

そんな彼女を唖然と見送る真奈。

真奈も疲れを表に出さないタイプではあるのだが、リプレのそれは真奈以上だ。

十キロものマラソンを平然とやってのけた真奈もリプレにはかなわないだろう。

しかし、疲労と言う物は蓄積するものだ。

もしリプレが倒れようものならどんなことになるか…。

(なにか手伝わないと…!)

妙な使命感に燃えながら洗濯物に取り掛かる。

「…………」

取り掛かる。

「………」

とりかか……。

「ん?マナ、なにやってんだ?」

ぼーぜんとしている真奈に気付いたガゼルが声を掛けた。

「あの、お洗濯機はどこに置いてあるのでしょうか?」

「センタクキ?なんだそりゃ。」

「…………」

どうやらこの世界には洗濯機というものは存在しないらしい。

と、言う事は、大量の洗濯物の横に置いてあるタライと洗濯板は目の錯覚ではないのだろう。

(こればっかりは腕力がないと…)

とはいえ、ガゼルは絶対にやらないだろうし、エドスやレイドは働きに出ているし…。

よしんばエドスがいたとしても、エドスの力では洗濯物がボロボロになりかねないし…。

洗濯は諦めざるをえないようだ。

(それならお掃除を…)

洗濯を断念した真奈が目を付けたのは掃除だ。

これだけ広いアジトを掃除するなんて簡単な事ではないだろう。

これを終わらせてあげればリプレの負担もかなり減るはずだ。

そう思って道具を取りにいくと、丁度道具を片付けようとしていたリプレと遭遇する。

「………ん?どうしたの?」

キョトンとする真奈に気付いたリプレが声を掛ける。

「あの、もうお掃除は終わったんですか?」

「うん。」

平然と言ってのけるリプレ。

手早くも丁寧な仕事。

真奈の家にいたベテランメイドでさえこうはいかないだろう。

「さてと、次は洗濯しないと。」

トテトテと去っていくリプレの後をついていく。

洗濯物を干す手伝いくらいはできるはずだ。

「それじゃ、私が洗った物を順番に干してくれるかな?」

「はい。」

リプレは早速洗濯物を片付けはじめた。

鼻歌まじりに次々と奇麗になっていく洗濯物を一枚一枚丁寧に干していく。

半分くらい干した辺りから、リプレ自身も干す作業に加わっている。

すでにすべての洗濯物を終わらせたようだ。

「はい、おしまい。」

最後の洗濯物を干してから、リプレがほっと息をつく。

「ありがとね、手伝ってくれて。」

「いえ、ほとんど何もできませんで。」

「ふふ、感心した?」

「ええ、尊敬しました。」

そう答えるとリプレは軽く吹き出した。

「それじゃ、お茶でも入れるわ。」

リプレは疲れた様子も見せずにトタトタと台所へ向かった。

とんでもなくタフだ。

(手伝いは無用みたい…)

明日はもっと別な方法でリプレに楽をさせようようと決める真奈だった。

 

「なんだかおいしそうな匂い〜」

おやつの匂いを嗅ぎ付けたお子様三人衆がちゃっかりと食卓に集まっていた。

「まったく、こういう事には敏感なんだから。」

リプレは楽しそうに笑いながらも、すでに子ども達の分までお菓子を用意していた。

その辺がわきまえていると言うかなんと言うか。

「ねぇねぇ、お姉ちゃんってなんでいつも目を閉じてるの?」

ニコニコと微笑みながらお茶をすする真奈に、フィズが興味深そうに尋ねる。

「え?私、ちゃんと開いてますよ?」

「嘘だー。瞑ってるようにしか見えないよ。」

「…うん」

アルバとラミが同意する。

「うーん。それじゃ、もっと頑張って開いてみますねぇ」

言ってかっと目を見開く。

「わぁ!」

「…きれい」

日本人特有の茶色掛かった黒い瞳。

どうやらここでは珍しい色らしく、リプレまでもが珍しそうに見ていた。

「お姉ちゃんがいた世界ってみんなそんな色なの?」

「そうですねぇ、私がいた国の人は基本的にこの色なんですよ。」

「黒い髪も黒い瞳も、とても奇麗だね。」

「ありがとうございます。」

真奈が嬉しそうに微笑むとまたいつもの糸目に戻ってしまった。

どうやら目を開くだけでも結構つかれるらしい。

本人はちゃんと目を開いているつもりらしいのだが…。

 

さて、時間は流れ、今は丁度昼食を終えた所だ。

後片付けの手伝いを終えてブラブラしようとした時、リプレから声がかかった。

「…お買い物…ですか?」

「そう、お買い物。」

リプレがニコニコしながら答える。

必要物資の補給と言うわけだ。

「そうですね、特に用事もありませんし、お付き合いします。」

「いいのね?荷物持たせちゃうよ〜」

「……はぁ…でも私、たぶん落としてしまいますよ…」

…自分で言うなよ。

「なるべく落とさないように頑張ります」

と、決意を見せた真奈を見て、リプレは軽く吹き出した。

「冗談よ。荷物持ちならちゃんといるから。」

そう言って呼び出されたのはガゼルだった。

「あぁ?なんで俺が荷物持ちなんかしなきゃいけねーんだよ。」

そう言って口を尖らせる。

「いーじゃない、どうせ暇なんでしょ?ボディーガードの真似くらいしてもバチはあたんないわよ。」

「そうですよねぇ。」

「それともなに?か弱い女の子二人っきりで買い物に行かせるつもり?」

「う……わーったよ、行きゃーいいんだろ、行きゃー!」

さすがのガゼルもとうとう観念したようだ。

意気揚々と出かけるリプレと真奈の後をしぶしぶついてくる。

「ついでにマナに町を案内しておこうと思ってね。」

「はぁ…なるほどぉ。」

確かに、少なくとも商店街くらいは知っておかないと困るし、景色がいい場所やのんびりできる場所も知っておきたかった真奈には丁度いい機会ではある。

「荷物を持ってウロウロするのもなんだから先にぱぱっと案内しちゃおうか。マナはどこにいきたい?」

「そうですねぇ…やはり、景色がいい場所やのんびりできる場所ですね。」

(……憎い)

(…え?)

突然、真奈の心に直接響くような声が聞こえてきた。

「それならアルク川とか中央公園だな。」

(憎い憎い憎い!)

「そうね、まずはそこに行こうか」

(殺す殺す殺す!!皆殺しにしてやる!!!)

「だ、誰ですか!?」

「どうしたの、マナ?」

急に大声をあげた真奈を心配そうにリプレが見詰めていた。

「声が…聞こえるんです。憎い憎いって…殺す…皆殺しにしてやるって…」

「なんにもきこえねーぞ?」

ガゼルが耳を澄ませてみてもなにも聞こえない。

次第に声は小さくなっていき、そして消えた。

「…聞こえなくなりました。」

「空耳じゃないの?」

もし空耳ならどんなにいいことか。

でもそれは確かに聞こえた。

なにかを憎んで止まない、激しい憤怒を感じたのだ。

そのとき、霊界サプレスを司る紫のサモナイト石が淡い輝きを放っていた事に気付いた者はいなかった。

ずっと真奈の様子を監視し続けていた『ある者』を除いては…。

 

一通り町の紹介も終え、無事買い物を終わらせた一行はそろそろ帰宅しようとしていた。

山のような荷物を持たされてムスっとしている時、ガゼルがもっとも会いたくなかった顔が一行の進路を塞ぐ。

「お、そこのねーちゃん、見かけねぇ顔だな?」

「リプレさん、お知り合いですか?」

「じゃなくておめーだよ。」

声を掛けてきたガラの悪い男がすかさず突っ込む。

「てゆーかな、見かけねぇ顔だっていってるのに、知り合いなわけねーだろ。」

とガゼル。

「おぉ、誰かと思えばコソ泥のガゼルじゃねーか。女を二人もはべらせていい御身分だな?」

そこで初めてガゼルの存在に気付いたような口振りだった。

「ケッ、しらじらしいな。最初から俺に用があったんじゃねーのか?」

「はぁ、ガゼルさんのお友達だったんですか。」

「友達じゃねーよ。」

吐き捨てるようにそう返してガラの悪い男たちを睨み付ける。

「悪いが、俺達はお前らを相手にしてるほど暇じゃねーんだ。」

「おめぇにゃ用はねーよ、ナンパの邪魔だからさっさと消えな。ただし、女は置いていってもらうがな。」

「ケッ、お前らがナンパだぁ?鏡と相談してきな。」

「おぅおぅ、言ってくれるじゃねーか。どーみたって俺の方がいい男だよな、ねーちゃん?」

眼鏡の男が馴れ馴れしく真奈の肩を抱いてきた。

「そうですねぇ…。ガゼルさんもなかなかですけど、あなたには負けますねぇ」

「ほぅれ見ろ!」

眼鏡の男が勝ち誇って言った。

「とても落書きしやすそうなおでこですねぇ。ニャンコさんを書いてもいいですか?」

「誰がでこの話しをしとるかぁぁぁぁぁ!!」

「違うんですか?」

「違うわぁ!」

どうやらコンプレックスだったらしく、怒りをあらわにしながら殴り掛かってきた。

「そいつに手をだすなっ!」

ガゼルが叫ぶが、両手の荷物が邪魔だ。

一呼吸行動が遅れたガゼルを尻目に、男の拳が真奈の頬を捕らえた!

その瞬間、男は宙を舞っていた。

「ぐはっ!?」

背中から地面に激突してもんどり打つ男。

「あ、大丈夫ですか?」

真奈が心配そうに駆け寄る。

「くっ、てめぇ!なにしやがった!!」

起き上がりながらもう一度殴り掛かってくる男。

鋭いパンチを円の動きで捌きながら相手のバランスを崩して押え込む。

「そういうことをなさると、危ないですよ?」

いつもの笑顔のまま、真奈がたしなめるようにいった。

「いてててててて!!!」

「あ、暴れない方がいいですよぉ。下手に力を入れると折れてしまいますから。」

とんでもないことを平然と言ってのける。

「てめぇ、そいつを放せぇ!!」

もう一人の男が殴り掛かってきた。

「はいぃ。」

真奈は言われた通りに眼鏡の男を開放してもう一人の男の方を見た。

「あら?」

少しも驚いた様子を見せずに、今度は殴り掛かってきた男を押え込む。

「言われた通りにお放ししたのに、なんで暴力を振るうんですか?」

「ぐぇぇぇえぇええ!!」

男は情けない悲鳴を上げていた。

「つ、強ぇ…」

唖然としてみているのはガゼルだ。

確かに、これまでの真奈の行動のどれをとっても『か弱い女の子』だった。

まさかこんな戦闘力を隠しているなんて気付きもしないだろう。

「ちょ、ちょっと、マナ、もういいでしょ?」

慌ててリプレが止める。

「ええ、私は構いませんけど…」

男を解放すると眼鏡の男はリプレに襲い掛かってくる。

「…こうなるんですよねぇ。」

真奈は小さく溜め息を吐いて眼鏡の腕を押し上げ、右足で思いっきり地面を蹴った。

その勢いを利用して背中で男に体当たりをいれる。

かつて中国で考案された武術の奥義で達人が使えば死者をも出しかねない大技中の大技である。

手加減してあるとはいえ、その威力は凄まじく、眼鏡の男は一撃で気を失っていた。

「お、お、おおお、お、覚えてやがれぇ!!」

残された男が眼鏡の男を引きずりながら逃げていく。

「あの、物覚えには自信がないんですけどぉ…」

そんな真奈の声は男には届かなかった。

「おいおいおいおい、マナ!強ぇじゃねーか!!いったいなんて技なんだ?」

「知りません♪」

あっけらかんと返ってきた返事にガゼルは思いっきりずっこける。

「知りません♪じゃねーだろ!?自分で使った技じゃねーか!」

「えぇと、幼少の頃から、合気道などを習っていましたけど、技の名前なんて覚えていないですよぉ。」

「アイキドウ?聞いた事ねぇなぁ。『など』って事はほかにもなにかやってたのか?」

「他には太極拳などもやらされました。」

「タイキョクケン…これも聞いた事ねぇなぁ。」

「どちらも力をあまり必要としないので女性の護身術として最適なんですよ。」

ただ、真奈本人はこれらの技はあまり好きではなかった。

これを覚えるために過酷な特訓を受けてきたのだから。

しかも、自分の意志で受けた物ではない。

父親に強制的に覚えさせられた物だ。

ほとんど無意識に技を出してしまうほど仕込まれた。

そういえばどれほど過酷な特訓だったかは想像するに難くないだろう。

「ところでガゼル、さっきの連中って顔見知りなの?」

「あっ、そうだった!…まずい事になっちまったな…」

「塩味がききすぎました?」

「いや、その不味いじゃねーよ。」

さらりと受け流してうーんと唸る。

リプレと真奈は家路を急ぎながらも、唸り続けるガゼルを心配そうに見詰めていた。

 

「ねえ、さっきから何を唸っているのよ?」

そろそろ南スラムに差し掛かろうとした時、たまりかねたようにリプレが聞いた。

「ああ、さっきの奴等な…オプテュスのメンバーなんだ…」

「…嘘でしょ?」

「嘘ついてどうするよ。」

(ぶっ殺す!)

「わわっ!」

急にさっきの謎の声が聞こえてきて、さすがの真奈も驚きの声をあげた。

「ど、どうした、マナ?」

「また、声が聞こえてきたんです……こっちから…」

今度は声の発信源を特定できたらしく、真奈はその場所へと向かって歩き出した。

「っておい!一人になるな!リプレはアジトに戻ってオプテュスの事をレイド達に話しておいてくれ!」

慌ててあとを追うガゼル。

リプレはガゼルの指示通りアジトへむかって 走り出した。

当事者である真奈はその事に一切の危機感を覚えてはいなかった…。

 

「……ここ…です。」

真奈が辿り着いた場所は南スラムの路地裏。

小さな枯れ井戸がある所だった。

真奈の心に直接響く声は次第に大きくなり、普通の人間ならば正気を失いそうなほど狂い叫んでいる。

「なにも聞こえねぇぞ?」

「…いえ、確かに聞こえます。人間を殺す、皆殺しにしてやる…。井戸の中からです。」

「そういえば、ここの井戸は昔から幽霊騒ぎが絶えなかったなぁ。」

この井戸は気が遠くなるほど昔から『枯れ井戸』として存在している。

スラムの中という事で町の発展から取り残された場所なのだ。

「…降りてみます。」

「おいおい、まじかよ?」

「はい。だって、この声の人…とても苦しんでます。人間全部を呪って…とても辛そうなんです。」

「ケッ!好きにしな。」

井戸の中へと降りていく真奈の後をしかたなくついていくガゼル。釣瓶の紐が残っている事を見ると、昔はやはり井戸として使用されていたのだろうか?

……

………

井戸の底。わずかばかりの雨水が溜まるその場所にそれはあった。

大きな紫色の宝石。

「こりゃぁ…でかいけど、サモナイト石じゃねーか?」

確かに、真奈が持っているサモナイト石と同様の輝きを放っている。

とりだしたサモナイト石が、この巨大なサモナイト石と共鳴するかのように輝きを放ちはじめた。

(だ、れだ…!?)

声の主は真奈の存在に気付いたようだ。

「私は須崎真奈といいます。」

(人間…か…俺をここから出せ!!)

「はぁ…でもどうすればいいのやら…」

(クレスメントの一族と同等の魔力を持ってこの石の封印をとけっ!)

「はぁ…ガゼルさん、クレスメントの一族ってご存知ですか?」

「いや、聞いた事ねぇなぁ。それがどうした?」

ガゼルには石の中の人物の声は聞こえない。

「クレスメントの一族と同等の魔力があれば、この人を解放できるそうなんですが。」

「へぇ………って、こいつは人間を憎んで皆殺しにしようとしてるんじゃねーのか!?」

「……あ、そうでした。」

「あ、アブねぇなぁ。お前、本気で封印を解くつもりだっただろ?」

「はい。」

あっさりと返す。

これだけ巨大なサモナイト石を使わなければ封印できなかった相手…どれだけ危険な存在かは簡単に想像できるだろうに…。

(どうした?俺の封印をとけ!人間!!)

「あの、あなたはなぜ人間を憎んでいるのでしょうか?」

(そんな事は貴様には関係ない!封印を解けないのであればここから去れ!)

「そうですねぇ、また来ますね。」

(二度とくるなっ!!)

石の中の人物の罵声を背中で受けながら、二人は井戸の外へと出ていった。

二人が外へ出た後、石の中の人物は再び叫びはじめる。

(人間が憎い!憎い!憎い!!)

その憎しみの炎は永遠に消えないのだろうか?

そんな事を考えると、とても悲しい気持ちになってしまった真奈だった……。

 

アジトに帰り着いた時、日はとっぷりと暮れていて夜の帳が降りていた。

と、その時、アジトの前で争っている声が聞こえる。

「げ、まずい…」

ガゼルがしまった!とばかりに額を叩く。

「お砂糖足りませんでした?」

「だから、その不味いじゃねーって。」

「はぁ?」

意味がよく分からずに首をかしげる。

玄関先にはガラのわるい連中がずらりとならんでいた。

その中のリーダー格と思われる男がレイドと言い争っていたのだ。

「だからよぉ、事の張本人を俺様に差し出せっていってんだ。」

「その要求に従うつもりはないと言っている。」

レイドは毅然とした態度で言い返した。

そんな集団の中をトテトテと歩いていく真奈。

「ただいまです〜」

緊張感のない間延びした声。

ガゼルはいつのまにか隣りから消えていた真奈に気付いて絶句していた。

「あ、あにきぃ!こいつですぜ!」

昼間あった眼鏡の男が怒鳴りをあげる。

「あぁ?てめぇ、こんな女にやられたってのか!?」

「こいつがまた滅法強くて…」

「…ふっ、バノッサよ、女性にやられてリーダーに助けを求めるようなチームにメンツもなにもないと思うがどうだろう?」

真奈がオプテュスのメンバーをのしたという事実に少々あっけにとられたが、気を取り直してレイドがそう言うと、バノッサと呼ばれたリーダー格の男が憎々しげに子分を睨み付ける。

「おい、てめぇら、俺様が見ていてやる。この女をぶっ殺せ!できねぇーときは俺様がてめぇらをぶっ殺す!!」

「へ、へい!!」

二人が慌てふためきながら真奈の前に躍り出た。

「今度はさっきのようにはいかねぇぞ!」

「覚悟しやがれ!!」

二人がじりじりと真奈に近寄る。

真奈はきょとんとした表情のままレイドに言った。

「お知り合いですか?」

こけっ!

その場の全員が一斉にこけた。

「おめーにいってんだよぉ!!」

男が叫びながら殴り掛かる。

「わわ」

言葉ほど驚いているようには見えない。

とっさに男の攻撃をかわして距離を取った。

「あの、どちらさまでしたっけ?」

どうやら真奈は本っ気で忘れているらしい。

天然記念物、人間国宝級の物忘れの激しさである。

「てめぇ、ふざけてんじゃねぇぞ!!」

今度は眼鏡が背後から殴り掛かった。

「!?」

またもや攻撃を捌いて、思い出したように言った。

「あなたはおこでさんじゃないですか!お久しぶりですねぇ」

「でこってゆーなぁ!!」

どうやら真奈から見れば眼鏡よりもおでこの方が印象的らしい。

てゆーか、昼間にあったのにお久しぶりもなにもねーだろ…。

「あの、こーゆーのはあまり好きではないんですけど…」

しっかりと眼鏡男の肘関節を極めながらバノッサに向かって言う。

「てめぇ、そいつを放せぇ!」

もう一人の男が真奈に殴り掛かろうとすると、バノッサがとっさに男に蹴りを入れてそれを止める。

「バカがっ、んな体勢で女を殴ったらそいつの腕が折れちまうだろうが。」

地面でもんどり打つ男を一瞥してから真奈の顔を覗き込む。

「こんなことしたくねぇって言ったな?」

「はい、できれば皆さんにご迷惑もおかけしたくありませんので。」

「だったら、てめぇが俺様達のところにきな。そうすりゃ、奴等には手出ししねぇで帰ってやる。」

「はぁ、それで済むのでしたら…」

言いながら眼鏡男を解放してゆっくりと立ち上った。

「そういうことですので…」

レイドたちに軽く頭を下げてからバノッサの前に立つ。

「ほぅ、全然恐くねぇって面だな。これからどんな目にあうか分かってんのか?」

「いえ、皆目見当も付きません。けど…」

「けど?」

「私がこのままここにいたら、みなさんがどんな目にあうかは…なんとなく見当が付きましたから。」

そう言って悲しそうに笑う。

「やっぱり…ご迷惑をおかけしましたね…」

「って、おい!お前本気でそいつらのところへ行くつもりかよ!?そうやってバノッサに近付いて攻撃するんじゃねーのか!?」

「いえいえ。私の技は受け身の技ですから、バノッサさんが攻撃してくれないと何もできないんですよ。」

あっけらかんと言った。

「おいおい、笑顔で言う事じゃねーだろ…」

呆れたような大きな溜め息。

「だが、黙って行かせる訳にはいかねーな!」

ガゼルがバノッサの前に立ちふさがる。

「マナはわしらの大切な家族だからな」

「そういう事だ」

エドスとレイドも武器を構える。

バノッサはにやりと笑って真奈を見た。

「その大切な家族とやらは俺様の手の中だぜぇ?」

首元に剣を突き付けて高笑いする。

「くっ、女性を人質にするとは…恥を知れ!」

「はーっはっは!生き抜くためにはなんでも利用する。それがスラムでのルールだぜ?」

楽しそうに笑うバノッサとそれを悔しそうに睨み付けるレイド。

二人を交互に見ていた真奈が困ったように言った。

「あの、私は本当に平気ですから。」

「し、しかしな…!」

エドスが反論しようとした時…

「姉ちゃんを放せぇ!!」

アルバが小さな木刀でバノッサに殴り掛かっていた。

バノッサは身動き一つ取らずにアルバを迎えた。

木刀が振り下ろされる瞬間、バノッサの膝がアルバのみぞおちにめり込む。

「がはっ!」

もんどりうって倒れたアルバを更に踏みつけて吐き捨てるように言った。

「オプテュスは女やガキにも容赦はしねぇ、それはこのサイジェントの常識だぜ?」

「アルバっ!」

ガゼルが慌てて駆け寄ろうとするが、真奈の首に突きつけられた剣が目に入って動きを止める。

そのとき、真奈はただ俯いていた。

その表情は前髪に覆い隠されて読み取る事はできない。

「それから、不意打ちするのに声をだしてたら意味がねえーぜ?」

言いながらもう一度蹴りつける。

「がはっ!!」

「バノッサさん…アルバさんを放して下さい…」

「あぁ?人質は黙ってな!」

怒鳴りつけはしても攻撃はしない。

真奈の技の威力を知っているからだ。

バノッサという男、こと戦闘に対しての理解は並外れて高いと見える。

だが、真奈の底力まではその理解の範疇ではない…。

「本当になにもできないと思ってましたか?目の前に腕があれば、どんな体勢からでも関節はとれるんですよ?」

「だが、それよりも早く俺様の剣がお前の喉を掻っ切るぜ?」

「………」

「わかったらおとなしくしてな。」

と、いつのまにかアルバを押さえつけているバノッサの足を必死にどかそうとしているフィズと真奈を解放しようとするラミがいた。

「おい、お前ら危ねーぞ!離れろ!!」

ガゼルの声が届くよりも早く、バノッサの蹴りが二人をふっ飛ばす。

「ちぃ、おい、このガキどもを先に片付けろ!」

バノッサに命令された手下達が三人を掴もうとした瞬間、真奈の首元に突きつけられたバノッサの剣が弧を描きながら宙を舞い、地面に突き刺さった。

驚いたのは手下やバノッサだけではない。

かっと見開かれた真奈の表情を見た者みんなが絶句する。

昼間、子供たちに見せた奇麗な宝石の様な瞳はなく、金色に輝く瞳と縦長の瞳孔がギロリとバノッサを睨み付けている。

「どうして…こんなことをするんですか?」

真奈が一歩近づくとバノッサが威圧されるように一歩退く。

「な、なんだよ、てめーは!?」

とっさに地面の剣を拾い、二刀流で切り掛かる。

が、真奈に睨み付けられて動きを止めた。

(や、殺られる!?)

今までやりたい放題で生きてきたバノッサは明らかに恐怖していた。

真奈の異様なまでの殺気と迫力に…。

「くそ、お前ら、コイツを殺っちまえ!数はこっちの方が有利なんだ!!」

バノッサの命令で手下達が一斉に雪崩れ込む。

「ちぃ、加勢するぜ、マナ!!」

ガゼル、レイド、エドスが手下たちの波に向かって突進した。

その隙に真奈は子ども達三人をリプレの元に運ぶ。

「…ごめんなさい、私の所為で…」

「お姉ちゃんのせいじゃないよ…悪いのはあいつだもん」

フィズが痛さを堪えてニコリと微笑む。

「…お姉ちゃんの目…奇麗だね…」

そう言ったラミをリプレの横に寝かせる。最後に気を失ったままのアルバを寝かせてから、いまだ乱闘を続けているオプテュスのメンバーを睨み付けた。

「…ちょっとお掃除してきますね…」

そう言い残して集団の前に立ちはだかる。

「ガゼルさん、エドスさん、レイドさん…離れて下さい、巻き添えを食いますよ」

言いながら道具袋の中から無造作に一つのサモナイト石を取り出した。

真奈の手の中で紫色のサモナイト石が輝きを増す。

「な、なにをするつもりだ…?…まさか!?」

真奈の指示通り戦線を離脱しながらレイドが叫んだ。

真奈の目の前の空間が歪み、そこから異形なる者が姿を現した。

そう、例えるならば悪魔…。

いや、悪魔そのものだった。

その名は【ガルマザリア】。

かつて魔王の忠実なる僕として名を馳せた強力な悪魔だ。

「はぁぁぁぁ!!」

ガルマザリアの怒号とともに大きな地震が起きる。

激しいゆれに足元を奪われバランスを崩したオプテュスにガルマザリアが突撃した。

「…殺してはいけませんよ。」

「はっ!」

真奈の言葉にしたがって剣を持ち替え峰打ちにする。

「ざけんなぁ!!」

いち早く体勢を立て直してガルマザリアを迎え撃つバノッサ。

しかし、ガルマザリアはそれを無視してその背後の手下に切り掛かっていた。

「てめぇ、俺様を無視するんじゃ……」

「無視した訳ではありませんよ、そう指示しただけです。」

いつのまにか懐に潜り込んでいた真奈はバノッサの両腕を弾いて剣を落とさせ、ミゾオチに裏拳を入れながら同時に足払いも放っていた。

勢いよく転倒するバノッサ。

地面に背中を打ち付けた時にはすでに足の関節を極められていた。

「破壊を目的とした武術、コマンドサンボです。…本当は一番使いたくない技なのですが…しばらく動きを封じさせてもらいます。」

「ぐあぁぁ!!」

さしものバノッサも悲鳴を上げた。

膝の関節がギシギシと軋む。

「…ガルマさん、バノッサさんの剣を折っちゃって下さい。それから、手下さんも23人捕まえておいて下さいね。」

真奈の指示に従って任務を実行する。

武器が粉砕された事を確認してから関節技を解いてバノッサを解放する。

「ちょっと強く締めすぎてしまいましたから、あまり動かさないようにして下さいね、手下さん。」

手下は恐れおののきながら真奈に言われる通りにバノッサを担ぎ上げた。

「くっ…マナとか言ったな…てめぇ…召喚師だったのか!!」

「さぁ、私にも分かりません。ただ、あなたが私の大切な物を奪うと言うのであれば…私は何にでもなりますよ。それこそ、鬼でも悪魔にでもね…」

手下は尻尾を巻いて逃げ出していた。

バノッサは最後まで憎々しそうに真奈を睨み付けている。

そして、真奈は自分で自分のした事に少しだけ恐怖していた…。

「主様…」

ガルマザリアが真奈の前にかしこまってしゃがみ込む。

「ガルマさん、ありがとうございました。」

「もったいなきお言葉…」

呟いてすーっと姿が消えていく。

同時に、真奈の瞳も金色からいつもの黒い瞳に戻り、そしていつもの糸目に戻っていた。

「やるじゃねーか、マナ!」

一番最初に駆け寄ってきたのはガゼルだった。

「お前さんが召喚師だったとはなぁ」

とエドス。

「いえ、私も知らなかったんですけど…」

困ったように笑いながら真奈が答える。

レイドはそんな真奈を心配そうに見詰めていた。

が、真奈がレイドの方を見た時にはいつもの優しい笑顔を真奈に向ける。

「しかし、まずい事になったな…」

「ああ…」

エドスとレイドが険しい表情で向かい合った。

「なぁに、あいつらとはいずれこうなったんだ。遅いか早いかだけだぜ。」

「それよりも、アルバさんたちの手当てをしてあげて下さい。」

「そうだな、これからの事はその後で考えよう。」

真奈に促されてみんなはアジトの中へ入っていった。

誰もいなくなった戦場の跡に一人の人影が現れる。

ガルマザリアが戦っていた跡をマジマジを見詰めながら、さっきの戦闘を思い出す。

「あれは確かに魔臣ガルマザリア…でも、誓約にしばられてはいないようだった…。」

前述の通り、魔臣ガルマザリアは魔王の忠実なる僕…

つまり、魔王以外の命令は受けないはず。

ならば何故真奈の命令に従ったのか?

それは誰にも解らない。

心当たりがある『彼女』を除いては…。

「完全に失敗したわけではない…彼女の力をうまく使えば目的は達成できる…」

『彼女』はそうつぶやいてから【フラット】のアジトに視線を向ける。

「……ごめんね、マナ…」

そう言い残してから、『彼女』はその場を去っていった……。




今、運命の歯車がゆっくりと動き始めていた…

次回 サモンナイト紅田Ver第4話
召喚術

平和を願う心も、悪意を持つ力の前には無力だ。
悪意の力から身を守るための力を求める私たち。
ガゼルさんが目を付けたのは無意識に成功した召喚術だった。

謎のヒロイン(仮称)さんの助言を得て召喚術を試みる私。
未熟な召喚術が呼び出すのは希望か絶望か…。
そして、異世界の壁を越えてやってきたのは…。

次回予告

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