第五話 金の派閥
「…とゆーわけだ。」
とりあえず夕食を済ませた後で、ガゼルが事の次第を説明するとレイドははじめから決定していたかのように首を縦に振った。
思ったよりもあっさりと居候の許可を貰ったカシスは少々拍子抜けしながらも、部屋を案内してくれるというリプレについてさっさと広間を後にした。
「さて…マナ、ミューは君と相部屋にしてもらってもいいかい?」
「はいです。」
いいもなにも、真奈は最初からそのつもりだった。
ミューは嬉しそうに真奈になついていた。
「さて…と、少々外出してきますね。」
真奈が広間を後にすると、ミューはその後を付いていった。
「お姉ちゃん、どこにいくのぉ?」
「お友達に会いに行くんですよ。ミューさんも来ますか?」
「うん、行くぅ〜♪」
ちょこちょこと真奈の後を小走りに付いてくるミュー。
真奈はその様子をニコニコと見守りながら、目的の場所を目指した。
「…ここ…入るの?」
「そうですよ」
ミューは井戸の前で呆然と中を覗き込んだ。
「暗いよぉ?」
「でも、どうしてもすぐにお話ししたいんですよ。ミューさん、ここで待っていても構いませんよ?」
「うにゅ〜。一人の方がもっと恐いもん。」
さっさと下に降りていく真奈を少しだけ恨めしそうに見てから、ミューも井戸の中に入ってきた。
(…また来たのか?)
「はい。アルゼルさん、召喚術と言うものがどういう技術なのか自分なりに考えてみなさいっていいましたよね?」
(あぁ…それを聞いた上で召喚術を使ったんだな?)
苦々しくそう言いながらミューをみてはっとする。
(まさか…【誓約】はしていないのか?)
「はい。お友達なんです。」
真奈がアルゼルの前にミューをたたせると、ミューは少しおどおどしながらぺこりと頭を下げた。
(ふ…ははは…はーっはっはっは!)
なにがおかしいのか、アルゼルが急に大声を張り上げて笑う。
「あの…なにかおかしいですか?」
(あぁ、おかしいさ。召喚術を使って友達をつくるとはな。)
アルゼルはまだくっくっくと笑いをもらしている。
(マナよ…お前はそんな召喚師を他に知っているか?)
「?」
(召喚獣を下僕としてではなく、友達だといっている召喚師と会った事はあるか?)
そう言われても、召喚師の知り合いがそうそういるわけでもない。
唯一の知り合いはカシスだけだが、カシスも誓約をすることを強制していた。
つまり、真奈とカシスの召喚術は決定的なものが違うという事だ。
「会った事はないですねぇ。」
(そうか…今の召喚師がお前の様な奴ばかりなら…とも思ったがな…)
そう呟いたアルゼルは今までになく悲しげな表情を見せていた。
「あの…今日は『封印を解けっ!』って言わないんですか?」
(ふっ…言えば、お前は俺の封印を解いてくれるのか?)
アルゼルがニヤリと笑っていった。
「貴方が人間を皆殺しにしないというのであれば、すぐにでも封印を解いてあげたいですけど…」
魔力を集中するやり方を実践で学んだ今の真奈ならば、アルゼルをこのサモナイト石の中から解放することは理論上可能なはずだった。
だが…真奈は、自分自身の力のみで操れる魔力がオプテュスとの戦いで見せた魔力よりも圧倒的に劣っている事に気付いていた。
(それは無理な相談だな。俺の心は人間に対する憎しみで溢れている。人間は…俺の最愛の人を裏切り、傷つけ…俺から奪い去ったのだ…)
そう呟くと、アルゼルは最初にあった時のような憎々しげな表情で真奈を見せていた。
「…よろしければ、お話しを聞かせていただけませんか?」
(………お前の様な人間に聞かせる話しでもない。…お前は…こんな話しなど知らなくていいんだ…)
そういって、優しい笑顔を見せた時、初めてアルゼルの全身像が浮かび上がる。
体格のいい男性。
鎧を着込んでいる所を見ると戦士だろうか?
それよりも目を引いたのは背中から広がっている翼だ。
それは真っ黒に染まった天使の羽のようだった。
(ふっ…面白い奴だな…俺の姿が見えているのか?)
「…ええ、今初めて見えました。…もしかして、天使さん…ですか?」
(…いや、正確には人間を憎むあまり悪魔に成り下がってしまった堕天使さ…)
自嘲気味に笑っていた。
初めてあった時ほどの憎しみの念はずいぶん和らいでいるように感じられる。
「何故、今まで見えなかったのでしょうか?」
(それは、俺が拒絶していたからだろう。俺の心はすべての人間を拒絶しているからな)
「それでは、私は受け入れてくださるんですか?」
(…勘違いするな。俺はいまでもすべての人間を憎んでいる。だが…そうだな、お前という人物に興味が無いといえば嘘になる。それが、受け入れるという形になって表れているのだろう。)
頭の中では、彼は今でも真奈を拒絶しているかもしれない。
だが、心は嘘を付けないのだ。
彼は間違いなく真奈を受け入れはじめている。
あとは、彼自身がそのことに気付くだけなのだ…。
「ふにゅ〜〜」
その時、ミューが大きなあくびをした。
その時改めてずいぶんと話し込んでいた事に気付く。
「お姉ちゃん、ねむいよぅ…」
目を擦りながら言うミューをあやすように撫でてから、
「それでは、今日はもう帰りますね。」
言って、ぺこりと頭を下げてからミューを促して釣瓶の紐を握った。
ミューも真奈の真似をしてアルゼルに一礼する。
「アルゼルさん、ばいばい〜。おやすみにゃふぁ〜い」
欠伸をかみ殺しながら言うもんだから、挨拶が変なふうになっていた。
(ふっ…ああ、ゆっくりと休むといい…)
アルゼルの優しい言葉に送られて、二人は井戸の外へと出て行く。
(人間…か…。クレスメントの一族…今…何をしている…?)
二人の気配を感じなくなってから、アルゼルが一人呟いた。
その表情はやはり憎しみに彩られている。
彼が…その憎しみから解放される日はくるのであろうか…?
「ふにゅ〜!気持ちいいお天気ぃ〜♪」
翌日の天気がいい昼下がり、真奈とミューそしてカシスの三人はのんびりと街を散歩していた。
ミューはリプレに作ってもらった服を着ている。
まあ、確かに裸同然の姿でうろうろされるのは子ども達の教育にも悪いしな。
と言うより、ミューが言うにはあのレオタードの様な毛皮は体毛だったそうだ。
つまり、裸同然ではなく、裸でうろうろしていたのである。
もっとも、ミューから見ればそれが当たり前の事だったのだが。
「あのね、楽しむのもいいけど、お勉強もわすれないでよ?」
カシスはヤレヤレと溜め息を吐きながらミューを諭した。
カシスが言うには、この世界で召喚獣が生きていくための常識を教えなければならないらしい。
今回の散歩は常識のお勉強もかねてのことだった。
ちなみにカシスは半ば強引に引っ張ってこられた。
「ふにゅ〜おべんきょ〜♪」
当の本人はいまいちよく分かっていないようだが…。
「ふにゅ…ふにゅにゅ…いい匂い〜」
中央公園にはいったところで、ミューが突然鼻をひくひくさせはじめた。
なにかの匂いを感じたらしい。
「あそこの人だかりからじゃない?」
カシスが指差した先には、確かに人だかりが出来ている。
「この匂いは…ソーセージでも焼いてるみたいね。」
「はぁ…ミューさん、食べますか?」
「うにゅ♪食べる食べる♪」
「それじゃ、あたしたちはここで待ってるから、ミューが自分で買ってきなさい。」
「うにゅ」
ミューが頷きながらお金を受け取った。
「ちゃんと一番後ろに並ぶのよ?」
「はーい」
ミューが尻尾を振りながらてくてく歩いて列の最後尾に並ぶと、カシスはほっと息をおろした。
「まぁ、ある程度は教えたからね。あとは実践できるかって所かな。」
「そうですねぇ。…あら?あのお婆さんはなんでしょうか?」
「あぁ、路上販売だね。あたしはそこのベンチに座ってミューを待ってるから、マナは路上販売でも見てくれば?」
「それではお言葉に甘えて。」
真奈はカシスに一礼してから風呂敷きを広げている老婆の元へ歩いていった。
カシスはベンチに座って一息ついていた。
「おや、あんた見ない顔だね?」
路上販売をしていたのは一人の老婆だった。
ハンカチに刺繍をしていた老婆は、真奈の姿を見て刺繍の手を休めてニコリと微笑んだ。
「はじめまして。私は須崎真奈といいます。この町には最近きたばかりなんですよ。」
老婆にぺこりとお辞儀をしてから風呂敷きの上に並んでいる品物を物色する。
「そうかい。あたしはリンデって言うんだ。じっくり見ていっておくれよ」
リンデと名乗った老婆はそう言って優しく微笑んでいる。
「わぁ…ニャンコさんがたくさんですねぇ。」
そこには猫の刺繍がしてあるハンカチや、猫の形をした髪飾りなど、真奈もびっくりな程のニャンコさんグッズが並んでいた。
「あぁ、孫が猫好きでね。」
リンデは嬉しそうに目を細めながら膝の上でおとなしく昼寝している猫を優しく撫でる。
「私もニャンコさんは大好きですよ♪どれも可愛くて迷ってしまいますねぇ」
手持ちのお金では一個買うのが限界だろう。
そうなるとますます悩む。
元々決断が早い性格でもない真奈はあーでもないこーでもないと唸りながら物色を続けていた。
そうこうしているうちに、真奈の隣りで一人の少女がいつのまにか物色をしていた。
こちらの少女は決断が早いらしく、一通り目を通してからずばっ!と決めたようだ。
「この髪飾りをいただけますか?」
凛とした口調で少女が言うと、リンデは今までの優しい笑顔を一転させて不愉快そうに少女を一瞥した。
「あんた、騎士団の人だろう?」
「はい…そうですけど?」
「悪いけど、騎士団の人間には売れないよ。あたしゃ騎士団が嫌いでね。」
リンデがそうきっぱりと跳ね返すと、少女は悲しそうな表情を見せた。
だが、すぐに無表情になって立ち上って背中を向ける。
「…失礼しました。」
「あの、待って下さい。」
真奈がその場を去ろうとする少女を呼び止めた。
「あの、お婆さん、私は騎士団ではないので売っていただけますよね?」
「あ、あぁ、別に構わんよ。」
髪飾りの代金を手渡して品物を受け取ると、真奈はそれを少女に差し出した。
「どうぞ。」
「…お気持ちはうれしいのですが、私にはそれを受け取る理由がありませんので。」
少女の口調は凛としていて、見た目よりも少し年上に感じさせる。
「えーと、理由はですねぇ…そう、お友達の印というのはどうですか?」
「…お友達?」
「はい。ニャンコさんが好きな人はみんなお友達ですよ♪」
「…そういう事ならば…」
言いながら、少女はポケットから猫ガラのハンカチを取り出す。
「これと交換しましょう。」
「はい♪私は須崎真奈です。よろしくお願いします。」
「サイサリスといいます。こちらこそよろしく。」
まるで名刺のように、猫の髪飾りを渡して猫ガラのハンカチを受け取る。
その時、無表情と思った少女が微かに微笑んだように見えた。
「変わった娘だね、あんた。」
リンデは驚いたように二人を見詰めている。
その言葉がどちらに向けられたものかまでは計り知れない。
騎士団の人間を友達といった真奈に向けた言葉かもしれないし、騎士団の人間でありながらその言葉をいとも簡単に受け入れたサイサリスに向けた言葉なのかもしれない。
「でも、あたしゃやっぱり騎士団は好きになれないよ。あたしの息子は騎士団に殺されたようなものだからね。」
「…どういうことでしょう?」
聞いたのはサイサリスだ。
「どうもこうもないよ。ウチの働き手は息子一人だったんだ。でも、息子は病気にかかってね、しばらく仕事ができなかったのさ。生活の方はそれまでの貯金でなんとかなったさ。でもね、税金が払えなかったんだ。税金が払えない者はどうなるか…知ってるだろ?」
リンデがじろりとサイサリスを睨み付けるようにいった。
それはこの町の常識なのかもしれないが、まだこの世界にきて間もない真奈には到底予想ができずにいた。
そんな真奈に気付かずに、サイサリスが言った。
「…まさか、息子さんは…?」
「…あんたの考えてる通りさ、お嬢ちゃん。…わかったらさっさと行っとくれ。」
サイサリスは老婆と真奈に一礼してから背中を向けて去っていった。
その表情はとても悲しそうだった…。
そんなサイサリスを見送ってから、老婆が呟くように言った。
「…マナや、あたしを酷い婆だと思うかい?」
「…どうでしょう。私は大切な人を理不尽に奪われたことがないのでよく分かりません。
でも…私も大切な人を奪われたら、奪った人を嫌いになるでしょうね。」
真奈はアルゼルの事を思い出していた。
彼も人間に大切な人を奪われたといっていたからだ。
だから、人間すべてを恨んで…憎んでいた。
その恨みは…晴れる事はないのだろうか?
「でも、今の私が何を言った所で、それは体験していない人の戯れ言に過ぎませんよね。」
「…そうだね、こればっかりは経験しないと分からない。でも、できればこんなことは経験したくないものだねぇ。」
サイサリスの悲しい表情を思い出したのだろうか、リンデは自嘲気味に笑いながらそう言った。
「…あ、すみません。お友達を待たせているのを忘れていました。」
「そうかい?あたしゃたまにしかここに来ないんだ。また会えるといいねぇ」
「はい♪それでは失礼します。」
深々と頭を下げてからカシスが待つベンチに小走りで急いだ。
すでに買い物を終えたミューはカシスの隣りに腰を下ろして嬉しそうに串焼きのお肉をかじっていた。
「どうだった?」
さっそくカシスが路上販売の戦果を聞いた。
真奈が一部始終を話すと、カシスはうーんと唸る。
「この町では、騎士団ってのは召喚師と同じくらい嫌われているみたいね。」
本来、民を守る役目にある騎士団はどこの街でも英雄的な扱いを受けるものだ。
しかし、この街の場合は違う。
【金の派閥】という召喚師の集団に、ほとんどの実権を握られているこの町では、騎士団は民を守る盾という存在ではなく、領主と召喚師を守る私兵にすぎないのだ。
だから、税金を払わない民に対してはどこまでも非情になれる。
税金を払わない民は、彼らにとっては人ではなく、家畜にも劣る存在だからだ。
むろん、騎士団の全員がそのような考えを持っているものではない。
が、やはり秩序を守る使命にある騎士団は上の命令に従うしかないのが現状なのだ。
だから、民に嫌われる。
その悪循環を断ち切れるだけの実力をもった騎士は、残念ながら今のサイジェント騎士団には存在しないのだ。
「…あら、エドスさんじゃないですか?」
中央公園を離れアルク川のほとりを散歩していると、河川敷の芝生の上で横になっているエドスを発見した。
「おぅ、マナ達か。散歩か?」
「ええ。エドスさんは何を?」
「わしか?なぁに、ただ昼寝しとるだけだよ。」
確かに、この快晴の空の下、芝生に転がって昼寝するのも気持ちいいものだろう。
真奈はエドスの隣りに腰を下ろしてごろんと横になった。
「うにゅ。ミューもごろんする〜♪」
日差しがぽかぽかして気持ちいい。
「うにゅ?またいい匂い〜」
「おぉ、この時期はアルサックの花が丁度満開でな。」
言いながら、エドスは桃色の花弁に飾られた木が並ぶ並木道を指差した。
「はぁ、桜に似たお花ですねぇ。」
たしかに、真奈のいた世界にあった桜の花に似ている。
形も、香もだ。
「ねぇ、あれ、なんで木の周りに人が集まってるの?」
カシスの質問にエドスが答える。
「ありゃぁ花見みたいだなぁ。」
「はぁ…お花見ですかぁ。実は私、お花見した事がないんです。」
「うにゅ、ミューもおはなみした事ないよ〜」
「ふぅむ、花見か…いいな、ここは一つ、花見にでも繰り出すか!」
急に張り切り出すエドス。
丁度その時、まるで狙っていたかのようなタイミングでガゼルが現れた。
「何盛り上がってんだよ?俺も混ぜろって。」
「ん?ああ、花見をしようって事にきまってな」
(って、いつ決まったの!?)
カシスはあえて口には出さず、心の中で突っ込む事にした。
すでに行く気満々のエドスに水を差すだけの勇気は、彼女にはなかったようだ。
「わざわざ行かなくったって、花なんてどこででもみれるだろーが。」
ガゼルはヤレヤレと溜め息を吐く。
「そう言うな。満開の花の下で食べる料理や酒はまた格別だぞ。」
「お、そーゆーことか。それなら俺も大賛成だぜ♪」
(現金な奴…)
再び心の中で突っ込むカシス。
まだ見ぬご馳走に胸を高鳴らせるガゼルに水を差す勇気も、彼女にはないらしい。
「マナとミュー、カシスの歓迎会も兼ねてな。どうだ?」
今更ながらに同意を求めて来るエドス。
すでに断れる雰囲気でもない。
てゆーか、真奈もミューのすでに乗り気だった。
「ま、断る理由もないし。」
すでに決定ムードの雰囲気の中で、カシスがヤレヤレと溜め息を吐きながらいった。
「そうと決まれば善は急げだ。」
さっそく帰って準備をすることになった。
「おはなみ〜♪」
皆に混ざってはしゃいでいるミューだが、実は花見がなんなのか理解していないというのは秘密だ。
そして翌日…
「よぅし!準備はできたかぁ!?」
エドスが言った。
どうやら昨日のテンションをそのまま維持し続けていたらしい。
よほど花見が好きなのだろう。
「ねぇ、マナとミューの姿が見えないけど?」
辺りを見回したカシスが不信に思って尋ねる。
「あぁ、二人には先に行って場所をとってもらっとるんだよ。」
「……それって、思いっきりミスキャストだと思うわ……」
カシスは心に感じた不安をそのまま表情に反映させていた。
それは至極当然の事だと思う。
しかし、ハイテンションになっているエドスはそのことに全く気付いていなかったようだ。
「…生まれて初めての花見が立ち食いツアーなんてゴメンだよ…」
などと、ブツブツ言いながら皆の後をてくてく付いていくカシスだった。
一方、場所取りの任務を遂行中のお二人は……
「うにゅ〜〜〜」
「はぁ…………」
呆然と立ち尽くしていた。
桜並木…いや、アルサック並木の始まりから道沿いにぎっしりとテントが敷き詰めてある。
中ではいかにも平民とは違う雰囲気の人達が優雅に食事を楽しんでいるではないか。
その人達がいわゆる貴族と呼ばれる人達である事に、さすがの真奈でも気付いていた。
「お姉ちゃん、場所とれないね」
ミューは、それでも空いている場所はないかとキョロキョロしていた。
真奈もキョロキョロしてみるが、残念ながら子ども一人通る余裕もないほどテントが並べてある。
「仕方ありませんねぇ…せめてテントを外してもらうようにお願いしてみましょう。そうすれば少し離れたところからでもお花は見えますから。」
さっそく交渉に向かう真奈。
「あの、すみません…」
声を掛けてみるが誰も取り合ってくれない。
それでも、エドスの張り切りようを思い出すとそう簡単に諦める訳にもいかなかった。
「ん?おぉ、君も召喚師だな?」
一人の貴族がミューの姿を見た後、真奈に声を掛けてきた。
どうやら、ミューを真奈の護衛獣だと判断したようだ。
「君達召喚師には感謝しとるのだよ。おかげで私たち貴族の生活もより優雅になった。」
いいながら優雅っぽくワインを啜る。
「はぁ…あの、私は召喚師では…」
「ささ、君もこっちに来たまえ。特上のワインを御馳走しよう。」
真奈は言葉を終わらせる事もできずに強引に男の横に座らせられていた。
「あの、私は未成年なので…」
「何を訳のわからんことを言ってるんだ?まぁいい、さぁ、飲みなさい。」
「こ、困りますぅ」
貴族の男はすでにでき上がっていたようで、真奈の言葉など聞いちゃいなかった。
カシスの不安通り、場所を確保することは不可能な状況に陥ってしまう真奈だった。
しばらくして、ようやく到着した後発隊は唖然としたままテントを眺めていた。
ここまでぎっしりとテントを張られてしまったら花見どころの問題ではない。
てゆーか、テントの中にいる貴族達も花なんて見えないだろうに…。
「これは…諦めるしかなさそうだな。」
レイドが残念そうにいった。
相手が貴族とあっては仕方の無い判断ではあるだろう。
「ケッ、花見のなんたるかがわかってねー連中の為に俺達があきらめなきゃいけねーのかよ!?」
ガゼルが憎々しげにテントを睨み付けながらいった。
(あんたが言うか…)
花より団子気質なガゼルを横目に見ながらカシスが突っ込む。
相変わらず、口に出しては言えなかった。
「ところで、先に場所取りに着てるはずのマナ達の姿が見えないけど…?」
リプレが辺りを見回しながらいったが、どこにも二人の姿は見えない。
とりあえず手分けして探す事になった。
「はぁ…やっぱりこうなるのね…」
カシスはぼやきながらも真奈とミューを探していた。
と、貴族のテントの前を差し掛かった時、にぎやかな喧騒の中で一際耳を引く酔っ払いの声が聞こえた。
「おい、姉ちゃん、こっち酌してくれ!」
「あ、はいはい。ただいまぁ〜」
女性の声はなんとなく真奈の声に聞こえたりしていた。
「…まぁ、マナが貴族のテントにいるわけないっかぁ」
勝手に、そう自己完結してカシスはまた周りを探しはじめる。
「こっちも酌〜」
「うにゅにゅ〜〜。大忙しぃ〜〜」
なんとなく、ミューの声に聞こえていた。
カシスは恐る恐るテントの中を覗き込む。
「…………」
絶句。
ワインの瓶を持ったままテントの中を忙しそうに移動する真奈とミューの姿があった。
こういう構図に辿り着くまでにどんなに壮大で奥の深いストーリーがあったのかは、自分でも嫌になるほどあっさりと想像できた。
呆れて大きな溜め息を吐いた時、カシスの姿を見つけた真奈から声がかかる。
「カシスさん〜手伝って下さい〜」
(うげ…)
あからさまに嫌そうな顔をしたカシスの表情に気付かなかったかのようにワインの瓶を手渡す。
(おいおい…)
瓶を手渡した真奈と、それをあっさり受け取ってしまった自分自身に突っ込む。
「おい、ねーちゃん、こっちに酌くれよぉ」
すでに泥酔状態の貴族(ここまでくるとすでに貴族とは呼べない風体になっている)に酌を求められて素直に応じる。
「おっととと、うぃ〜〜っかはぁ♪やっぱ美女が注いだ酒はうまい!」
「あらそう♪」
嬉しそうに目を細めるカシス。
が、次の瞬間はっと我に返る。
(って、違うでしょぉぉぉ!?)
至極当然の様に順応してしまった自分に驚きながらも、真奈とミューを引っ張ってテントから脱出しようと試みる。
「うぃぃぃっく。うぉい、どこ行くんらぁ?」
すでに立てないほど酔った貴族(?)が三人を逃がすまいと一番近くにいたカシスの足を掴んで止める。
「げげっ…。あ、あの、ちょっとお手洗いに…」
苦笑いを浮かべながら、懸命に酔っ払いの手を振り解こうとするカシス。
真奈はそんな状況でも近くの貴族に酌をしていた。
「そんなもん、ここれすればいいらろぉ?」
「できるかっ!」
「若い生足らろぉ〜」
すでに理性を失っている貴族(?)がカシスの足に頬擦りする。
(きっ気持ち悪いぃぃぃぃ)
ついに我慢できなくなったカシスが召喚術の詠唱を始めようとした時、一人の少女が貴族(?)に声を掛けた。
「いいかげんにして下さい。ご自分の家の名に泥をぬるつもりですか!?」
年齢は十歳くらいだろうか。
癖毛と思われる外跳ねのショートブロンドに青み掛かった瞳。
幼い顔立ちにもどこか気品が見られた。
少女は幼い顔からは想像できない言葉使いで貴族(?)を諭し続けている。
カシスはそんなミスマッチな展開に呆気に取られていた。
召喚術の詠唱中だった口をそのまま開いた状態で固まっている。
「るせぇろぉ、召喚術も使えないひよっこ召喚師がぁ!」
「うっ…」
少女が言葉を詰まらせる。
しかし、貴族(?)の意識は完全に少女の方に向けられていた。
その隙にカシスは貴族(?)の手を振り解いて、真奈とミューを引っ張ってテントから脱走するのだった。
「お、やっと見つけたみたいだな。」
真奈とミューを引き連れて帰還したカシスに気付いたエドスが声を掛ける。
が、カシスはげっそりとしたまま返事をしなかった。
「あん?一体どうしたんだ?」
ガゼルの質問に、表情を変えずにカシスが答える。
「…思い出したくない…」
「あぁ?」
一層首をかしげるガゼルだが、そんなガゼルに構う気力など今のカシスにはなかった。
「さてと、揃ったのはいいけど、これじゃ花見はできないわね。」
残念そうにテント群を見つめるリプレ。
「あ、場所を空けてもらうように頼みに行ってたんです。すっかり忘れてました。」
思い出したようにテントに戻ろうとする。
途端に我に返ったカシスは無意識に道具袋から白いサモナイト石を取り出しながら真奈の後を追う。
追いついた瞬間、握り締めたサモナイト石が輝いて何かを召喚する。
「戻るなぁ!!」
スパァァァァァン!!
サモナイト石の代わりに握り締められていた『根性』の文字が入っているハリセンが軽快な音を響かせた。
「……召喚術ってそんなものまで召喚できるのか?」
「……あたしも驚いているわ…」
ポカーンとした表情のまま質問したガゼルに、カシスはこほんと咳払いしながら答えた。
(でも、マナと関わるならこれは必須アイテムかも…)
漠然とそう判断して、送還をせずに道具袋の中にしまう。
…入るのか?というツッコミは遠慮してください♪…
「……えーと、軽いコントも終わった所で…」
(コント扱い!?)
カシスのショックなど何食わぬ顔でリプレが話しを続ける。
「これからどうしようか?」
「…これは、日を改めて出直すしかないだろうな」
しばらく考えたレイドだが、やはり良案は浮かばなかったようで残念そうにそう答えた。
どこの街でも貴族というのは自己中心的なものだ。
いくらお願いしたところで素直に退いてくれるとは思えない。
「ったく!ここの花はあいつらの持ち物じゃねーだろうがよ!」
耐え切れずにレイドに突っかかるガゼル。
「私だって納得した訳ではない。だが、どうしようもないだろう?」
冷静に切り返されてガゼルは言葉を詰まらせる。
「そうね…。ごめんね、せっかくの歓迎会だったのに…」
申し訳なさそうにリプレがいった。
気にしなくてもいいよと笑顔を返すカシス。
真奈はキョトンとしたまま首をかしげる。
「歓迎会でしたら、なにもお花がなくてもできると思いますけど…?」
何気ない一言だったが、その場の全員に電撃を走らせた。
あくまで花見をしながら歓迎会という形にこだわりすぎていたのだ。
「こんないいお天気ですから、ここでお弁当を食べるのも気持ちいいかと思います。」
「そうだな。マナの言う通りだ。花見は中止してピクニックに予定を変更しよう。」
「うん、それもいいかもね。」
リプレがいつもの笑顔で言いながら準備を始める。
「いつもぼーっとしてるけど、たまにはいいこというよね♪」
フィズが悪戯っぽく笑いながらいった。
「ありがとうございます♪」
にこにこしたまま真奈がいった。
(皮肉られたの…気付いてないし…)
カシスは説明するだけ無駄だと判断してあえて言葉にしなかった。
しばらくして食事を終え、真奈は満足そうにお茶を啜っていた。
ミューもお腹一杯になったらしく、真奈の膝枕で微かに寝息を立てている。
お子様三人衆は野原で何かの遊びをしているらしく、リプレはそれを見守っていた。
レイドとエドスも何かの話題に花を咲かせているようだ。
「やっ♪楽しんでる?」
ニコニコしながら姿を現したのはカシスだった。
彼女もすでに食事を終えたらしく満足そうな笑みを見せながら真奈の横に腰を下ろす。
「楽しんでますよ。こういう雰囲気で外で食事するのは初めてですから。」
学校の遠足やなんかはあったが、敬遠されがちだった真奈はいつも一人で弁当を食べていたのだ。
カシスも少し照れた様に笑いながら言った。
「えへへ…実はあたしもこういうの初めてなんだ。」
「そうなんですか?」
「うん。あたしは物心ついた時からずっと召喚術の勉強してたからね。まわりに同年代の子もいなかったし。」
「やっぱり、召喚術をお勉強する機関のようなものがあるんですか?」
「そうだよ。各派閥ごとに召喚術の学習機関を作っててね。それぞれの特徴にあった召喚術の使い方を教えてるの。」
「へぇ。【金の派閥】以外にも派閥があるんですか?」
「うん。【蒼の派閥】って言ってね。【金の派閥】が召喚術を使って利益を得ようとする集団で、対する【蒼の派閥】は召喚術を学ぶ事でこのリィンバウムの事をより深く研究しようとしている集団。」
「へぇ…。カシスさんはどちらですか?」
何気ない質問にはっと息を飲む。
「あ、あたしは…派閥には所属してないのよ。先祖代々召喚師の家系だからね。無所属の召喚師も結構いるんだよ。」
「でも、昨日、召喚術を学んでなくて素質がある人を見つけたら派閥に連絡しなければいけないっていってませんでした?」
(う…意外と記憶力いいわね…)
なんとか言葉をつなげようと懸命なカシス。
一方、真奈の方はそれほど興味があった話題でも無いらしくさっさと話題を変えた。
「そう言えば、なんで【誓約】なんてするんでしょうか?」
「…はぁ?」
呆れた表情で聞き返すカシス。
真奈の返事を待たずに話しをつなげる。
「【誓約】しないと暴走するって何度も言ってるでしょ?」
「でも、ミューさんは暴走なんてしませんよ?」
言いながら、いまだ眠っているミューの頭を軽く撫でる。
「そりゃ、ニャーマンは高い戦闘力を持つ種族だけど、闘争本能はそう高くないもの。よっぽどの事がない限り戦闘はしないわよ。」
「はぁ…そうなんですか…」
「だから、今後召喚術を使う時は必ず【誓約】すること!いい?呪文はもう教えたわよね?」
「はぁ…でも、ある人が言っていたんですよ。人間が召喚術という技術を生み出す以前は人間と異世界の住人は友達だった…と。」
「へぇー、それはすごいわ。でも、その辺の事は【蒼の派閥】の人じゃないとねぇ。あたしにはちょっとわからないわ」
「うー」
カシスが冗談っぽく切り返したのが不満だったのか、真奈にしては珍しく頬を膨らませて俯いた。
そんな真奈の横顔に語り掛けるようにカシスが言った。
「…恐かった…んじゃないかな?」
「え?」
「いくら友達って言っても、自分よりも圧倒的に強い相手だもん。やっぱり恐かったんじゃないのかな?だからきっと【誓約】って技術に頼りたかったんだよ。」
「そんなものですか?」
「そりゃそうよ。」
「でも、フラットの方々は召喚師であるカシスさんにも普通に接してると思いますけど。」
「そう思う?」
カシスは苦笑いを浮かべていた。
そんなカシスの気持ちを理解できる真奈ではない。
「違うんですか?」
「…うん。リプレとか、子ども達はともかく、ガゼルはあたしをまず間違いなく疑ってるわ。」
「そうですか?」
「そうでしょ?ガゼルは大の召喚師嫌いって言うじゃない?どこか警戒してるのが分かるもの。」
「そうですかねぇ?」
「そうなのよ。あたしにはなんでマナが召喚師なのに平然としていられるかが疑問だわ。」
「うーーーん。私は感じませんけど…」
「キミは簡単に人を信じすぎるのよ。少しは人を疑う事を覚えなさい。」
(…あたしが言うのもお門違いだろうけどね…)
カシスが心の中で呟いた言葉の真意がどこにあるかは定かではない。
真奈はまだうーんと唸っていた。
「よっ、二人して何の話しだ?」
と、噂をすればなんとやら。
ガゼルがひょっこりと姿を現した。
「あ、ガゼルさん。あのですね、ガゼルさんはカシスさん好きですか?」
「いきなり何聞いてるのよ!?」
スパン!
真っ赤になったカシスが間髪入れずにハリセンで突っ込んでいた。
ガゼルは何かを察して頬を染める。
「も、もしかして、そういう話題だったのか?」
「かかかか、勘違いしないでよ!」
「?」
真奈は二人のやりとりの意味が分からずにとりあえずニコニコしたまま見詰めていた。
「そういう話題じゃないとすると…お前がいまいちフラットに馴染めないのは俺の所為…って話題か?」
「あ、ご名答です〜」
スパン!
「ご名答じゃない!…まぁ、似たようなモノだけど…」
ガゼルはすでに名漫才コンビとなっている二人を軽く吹き出しながら見ている。
「まぁ、好きじゃねーけどよ、嫌いな奴だったらアジトになんかいれねーさ」
ガゼルは照れた様に頬を掻いていた。
「そ、そんな事よりも、なにか用事があったんじゃないの?」
「お、そうそう。ちょっち抜けださねーか?」
小声で耳打ちする。
「って、あたし達を連れ出してどーするつもりよ?」
「じゃなくてだな、せっかくの花見を台無しにしてくれた奴等にちょっとばかり仕返しをな」
ガゼルが耳打ちすると、カシスがにんまりと笑う。
「あ、なるほどね。あいつらには恨みもあるし…いい考えね♪」
「だろ♪」
すっかり意気投合する二人。
「はぁ…頑張って下さいねぇ」
「お前もくるんだよ。」
「そうなんですか?」
「そうなの!」
二人に説得(むしろ拉致)されて貴族のテントに忍び込む事になった真奈。
膝枕したままのミューの為にタオルを枕のように畳んでから頭の下に敷いてやると、ゆっくりと立ち上がって二人のあとを追った。
「さてと…まずは貴族様の食生活を拝見してやるかな…♪」
ガゼルは企むように笑って料理長と思われるおっさんに声を掛けた。
「すみませーん、料理を取りに来たんですけどぉ」
あせったのはカシスだ。
わざわざ息を殺して忍び込んだのに堂々と声を掛けるなんて『見つけて下さい』と言っているような物だ。
だが、おっさんは何事もないかのように答えた。
「あぁ?そこにおいてあるだろう。さっさと持っていけ。」
してやったり!とばかりにほくそ笑みながら大きな皿に小奇麗な盛り付けが施された料理を抱えてとんずらする。
カシスはそんなガゼルを驚いたように見詰めていた。
「一体どーゆーことよ?」
「あぁ、これだけの人の数だ、当然従者の数も半端じゃねぇだろ?料理長もいちいち覚えてらんねーのさ。その盲点を突かせてもらったって訳よ。」
「なるほど……あんたって、悪知恵だけなら天才的よねぇ。」
「まぁな♪」
(……誉めたつもりはないけどね…)
「それよりも食おうぜ♪」
目立たない所に腰を落ち着けて、二人して平らげていく。
さすがに従者の分際が貴族様の料理を食べるのは怪しいだろうが、二人が座った場所の周りはすでに酔っ払いの巣窟で正常な判断ができそうな人間は一人もいなかった。
「うん、さすがは貴族様♪なかなかいいもの食べてるじゃん☆」
「かー、うまかった♪」
満足そうに顔をほころばせる二人。
料理を満悦したカシスは次の目標を探す。
見るに堪えない酔っ払いの姿を見回して行くと、酒瓶を抱きしめながら眠りこけるみっともない貴族(?)を見つける。
さきほどカシスの足に頬擦りした不埒者だ。
「いたいた…♪」
抜き足差し足で近付いて道具袋からインクを取り出すと、爆睡する貴族(?)の顔に落書きを始めた。
「くすくす…やっぱおっさんには髭よねぇ♪…あ、書きやすそうなおでこ。マナ直伝のニャンコさん〜♪」
心底楽しそうだった。
黒一色のメイクで顔を彩られていく貴族(?)。
しかし、酒の魔力は恐ろしいもので、ここまでの事をされながらも目を覚ます気配はない。
「最後に『私は不埒な変質者です』と書いて…終わりっと♪んー、我ながらエクセレント♪」
よほど自分の力作が悦に入ったようで、満足そうに眺めながら頷く。
貴族(?)はすでに目も当てられない姿になっていた…。(合掌)
「さてと…目標も達成できたし、長居は無用ね…。」
いまだ『試食』の名を借りた暴飲を続けるガゼルの元に戻ろうとした時、ヒステリックな男の叫び声が聞こえて思わず立ち止まった。
「そんな理由で自分の失敗をごまかすつもりか!?」
「い、いぇ…」
男の迫力に圧倒されて何も言えない料理長。
不健康そうな肌の色。
えせエレガントなオールバックの髪。
小さな眼鏡。
そして陰険そうな目…。
誰がどこから見ても、この上なく悪人面だった。
しかも、どこか頼りない体つきや服装を見る限り、召喚師であることはまず間違い無い。
陰険でヒステリックな召喚師…うんざりするほど最低なブレンドだ。
「だいたい、そんなガキがこのテントのどこにいると…」
男がくどくどと説教を始める。
ガゼルはカシスに目配せして外を指差した。
こういうのとは関わり合いにならない方がいい。
カシスも同感らしく、さっさと外に出ようとした時、なんとも表現できないおぞましい感触が全身を駆け抜ける。
「生足〜生足〜♪」
いつのまにか目を覚ました貴族(?)がカシスの足にしがみついて頬擦りしていたのだ。
「きっ…きぃやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
スパン!スパン!スパパパパァァァン!!
力の限りハリセンでひっぱたいた。
ガゼルは『あちゃぁ…』と呟きながらこめかみを押さえていた。
ずるりと剥げ落ちた貴族(?)は更にしがみつこうとずりずりと地面を這いながら近寄ってきた。
「うへぇ、ゾムビーかあんたわっ!!」
ゾムビー貴族(?)をハリセンで撃退しながらなんとか逃げようと試みるカシス。
そのとき…
「お前達かぁぁ!!」
ヒステリックな男の叫び声がテントの中をこだまする。
「しまったっ、見付かった!?」
「あたりまえだろっ!」
不敵な笑みを浮かべながら近付いてくる男を身構えながら迎える二人。
…二人?
真奈の姿がいつのまにか見えなくなっていた事にようやく気付いてた二人。
テントを見回すとすぐにその姿を確認できた。
「はいはい。お代わりはたくさんありますよぉ…」
「お酌してるし!?」
「お前、一体何しにきたんだよ!?」
自分を見ているカシス達に気付いてきょとんとした顔を見せる真奈。
「…えーと…何しにきたんでしたっけ?」
二人は同時にがっくりと肩を落としていた。
そんな三人のやり取りを見てさらに不愉快になる男がいた。
「私を無視するとは…いい度胸だな…」
こめかみの青筋をピクピクさせながらじろりと睨み付けていた。
とはいえ、特別迫力がある顔でもない。
三人は平然としていた。(真奈はいつもの事だが)
「いや、誰だよ、あんた…?」
一向にびびった様子を見せないガゼルに拍子抜けしながら男は名乗った。
「私はこのサイジェントの国務を取り仕切る摂政であり、【金の派閥】の召喚師でもある。イムラン・マーンだっ!」
ふふんと鼻を鳴らすイムラン。
「…知ってる?」
きょとんとした表情でガゼルに尋ねるカシス。
「…知らん。」
あっさりと答えるガゼル。
「素敵なおでこですねぇ♪」
ネームペンのキャップをキュポン!と開けながら呟く真奈。
…持ち歩いてたんかい、ネームペン…。
そんな三人のリアクションが更にイムランを苛つかせる。
「きぃぃぃ!憎い!憎い!憎い!!あーーーー憎らしい!!」
「お肉、食べます?」
広げられている料理の中からお肉を探して皿に乗せはじめた真奈。
それが更にイムランを苛つかせていた。
「あー、マナ?あまり刺激しないでくれる?すぐにでも爆発しそうだから…」
カシスがチラリとイムランの顔を覗き込みながら真奈に言った。
そんな態度が引き金となったのか
ぷっつん
…なにかがキレる音がした。
「金の派閥の召喚師…イムラン・マーンの名において命ずる…」
「げげっ、召喚術の詠唱!?何もそこまで怒らなくたっていいじゃない!!」
「えぇい!うるさいっ!うるさい!!」
イムランが呪文を終えた時、辺りに無数の召喚獣が現れていた。
霊界・サプレスの低級召喚獣・磨精タケシーだ。
召喚術としては低級なのだが、これだけの数のタケシーを同時に使役できるとなればイムランの召喚術の力量が伺えるというものだ。
「おいおい…マジかよ…」
さすがに怯むガゼルとカシス。
そんな二人を見て悦に入ったようにほくそ笑むイムラン。
「はい、お肉集めましたよ」
ようやっと腰を上げた真奈の手には、肉を大量に盛り付けられた皿が握られていた。
呆れる二人。
びびった様子がない真奈に苛立つイムラン。
剣呑な空気を感じてキョトンとする真奈。
異様な構図が出来上がっていた。
「むむむむむ…やれっ、タケシーどもよっ!!」
イムランの命令で一斉に攻撃をしかけるタケシー。
タケシーの得意技は電撃だ。
それ単体ではそう強力なものでもないが、さすがに数が揃うとそれはとんでもない破壊力になる。
ガゼルが狭いテントの中では不利と察して脱出した後、カシスは、状況を把握できずに出遅れた真奈を回収して脱出する。
「うみゅ〜〜♪お姉ちゃんみっけ☆」
外に出ると、いつのまにか目を覚ましていたミューが真奈の姿を見つけて駆け寄ってくる。
タケシーの内の一匹がミューめがけて即座に電撃を発射した。
「うみゅ!?」
とっさに身を躱して、ハトが豆鉄砲を食らったような顔をしているミュー。
ガゼルはミューの手を引いて更に逃亡する。
これだけの数の召喚獣を相手に4人で勝てる訳がない。
しかし、レイドやエドスの所に戻ったらリプレや子供たちがいる。
まさに八方塞がりな状態だった。
「おい、カシス!お前の召喚術でどうにかならないのかよ!?」
「あんな数を一気に倒すなんて無理に決まってるでしょ!?こないだのリザディオのざっと3倍はいるのよ!?」
と、喧々囂々とケンカを繰り返しながらもあっちにこっちに蛇行しながら逃げる二人。
「仲いいですねぇ。」
「うみゅ。仲良しさん♪」
二人に引きずられながらのんびりしている真奈とミュー。
「…こいつら置いて逃げるか?」
「…賛成…」
同時に手を放されてバランスを崩しながらも立ち止まった。
「うにゅ?鬼ごっこ終わり?」
ミューがきょとんとして聞くと、
「さぁ、どうでしょう?」
真奈がのんびりと言いながら振り返る。
後ろには今まさに電撃を出さんとしているタケシーが複数待ち構えていた。
「続いているみたいですねぇ。…あ、お肉食べます?」
自分の手にある皿に気付いた真奈がミューにそれを差し出した。
あのスピードで引きずられていたのにお肉を一つも落としてない所がただ者ではない。
「うにゃにゃ♪食べるぅ」
おいしそうにお肉を食べはじめたミューを見てタケシーたちの動きが止まった。
ミューの一挙一動を見守るタケシー。
ミューは特に気にせずにがついていた。
そんなタケシーに気付いた真奈が声を掛ける。
「食べますか?」
(食べ…食べ…る…)
誓約により意思を失っているはずなのに何故か辛うじて会話できるタケシー。
それが複数同時誓約の為、一体ごとの誓約の力が弱いからか、それとも元来食いしん坊であるタケシーの本能が誓約を拒否し始めたからかは定かではないが。
「それでは、みなさんで頂きましょう♪」
真奈がいつもの笑顔で言うと、ミューはタケシーたちの前に皿を差し出して見せた。
タケシー達は誓約の支配から自力で逃れて皿に群がってくる。
「うみゅみゅ。押したらダメだよぉ。たくさんあるから順番〜」
ミューの言葉などなんのその。
タケシー達は我先にとお肉に群がってくる。
「うみゅ!みゅ!みゅ〜!」
タケシーの勢いに押されてバランスを崩しながらフラフラするミューなど目もくれないようにタケシー達がひしめき合っていた。
しばらくポカンとしていたイムランが我を取り戻してから近付いてくる。
腹立たしげに杖を振り上げて皿を叩き落とすとタケシー達を睨み付けて叫んでいた。
「お前達は何故私の命令を無視するのだ!?私がかけた誓約の重みを忘れたかっ!?」
それに反発したのはタケシーだ。
自分達の大切な食料を泥だらけにしたイムランに恨みさえ覚えている。
一匹が電撃を放つと立て続けに電撃が雨となってイムランに襲い掛かってきた。
が、イムランは全く動じもせずに自分の魔力で以って電撃をいなすと、タケシーに向けて杖を振った。
たちまちタケシー達が苦しみ始める。
これが『誓約の重み』だ。
召喚獣が【誓約】を受けながらも自我を持ってしまう事体がある。
その際、召喚師の指揮を離れ反逆を起さないように制裁を加える事ができるのだ。
それは普通の人間にとっては想像を絶する苦しみであるという。
「苦しいか?苦しかろう!ならば私の命令を聞くのだ!!この小娘を痛めつけてやれ!いいなっ!?」
イムランの言葉を聞いてタケシー達は一斉に真奈とミューを睨み付けていた。
こいつらを倒さなければ自分達はずっと苦しみ続けなければならない。
その想いがタケシー達を突き動かす。
真奈はそんな様子を悲しそうに見詰めていた。
アルゼルの言葉を思い出したからだ。
(下僕となった召喚獣は命を落とすまで召喚師にこき使われる事になる。
人間どもはそうやって胸くそ悪くなるような戦争を続けていたのさ…)
確かにこれは、『異界の友』に対する仕打ちではない。
強制的な服従を与え支配する。
こんな術が許されていいものだろうか?
いや、絶対に許されない。
異界の存在も『生きて』いるのだ。
その想いはミューと出会ってから更に強くなった。
何人にも彼女らの自由を奪う権利はないのだ。
「苦しい…でしょうね…」
真奈は悲しそうな表情で今にも電撃を出さんとするタケシーを抱きしめた。
なんとか、彼らをこの苦しみから解放する事はできないのだろうか?
…それが真奈の力なのか、それとも真奈の優しさが生んだ奇跡なのかは分からない。
しかし、突然タケシー達が輝き始め、苦悶の表情が和らいでいった。
光が消えた時、タケシーたちの苦悶の表情もすべて消え、ただ怒りの表情を浮かべている。
もちろん、その怒りはイムランに向けられたものだ。
イムランは事体が把握できずにあとずさった。
「お、お前達!私の言う事を聞かないつもりかっ!ならば今一度誓約の重みを…」
タケシーに向けて杖を振るが今度はなんの反応もなかった。
しかし、誓約が消滅するなどという事は有り得ない事。
ただ一つ例外をあげるとすれば…
「【二重誓約(ギャミング)】かっ!?」
複数の召喚師が同じ召喚獣と誓約した場合、より魔力が強い方がそのマスターとなり、誓約の対象が書き換えられてしまう現象がある。
それを二重誓約(ギャミング)と言うのだ。
これはまさしく二重誓約の現象だった。
だが、イムランは知りもしないだろう。
真奈はタケシー達と誓約を行った訳ではないという事を。
それは本来絶対に有り得ない事…。
タケシー達に掛けられた誓約を無効化してしまったのだから。
「あの…イムランさん?タケシーさん達に謝って下さい。」
真奈はタケシーたちの剣呑な雰囲気を察してイムランにいった。
しかし、イムランには召喚師としてのプライドというものがある。
どこの世界に、召喚獣に頭を下げる召喚師がいようか?
彼ら召喚師にとって、召喚獣とは従属して初めて価値がある存在なのだから。
「何故、私が謝らねばならないのだ!?」
当然、こういう態度にでる。
それと同時にタケシーたちの電撃が炸裂した。
が、さっきも見せたとおり、イムランの魔力があればタケシー程度の電撃をいなすなど造作もない事だ。
「…あくまで私に逆らうというのであれば貴様らにはもう用はない!一匹残らず消滅させてくれるわっ!!」
イムランが次の召喚術の詠唱に入った。
また更に強力な召喚獣を呼び出すつもりなのだろう。それを迎え撃つように電撃を溜め始める。だが、タケシー達の魔力ではイムランを倒す事ができない…はずだった。
召喚師の世界の常識ではタケシーの魔力はその程度のものだった。
しかし、人に強制されて戦う力と、自分の意志で戦う力は同等のものだろうか?
そんなはずはありえない。
誰にも強制されず、自分の意志で戦う事を決めたタケシーの魔力はぐんぐんと上昇していた。
すでに詠唱に入っているイムランはそのことに気付いていない。
「いでよっ……!?」
呪文を完成させようとした瞬間に特大の電撃がイムランを襲う。
とっさに呪文を中断して電撃をいなそうとするが、さっきとは比べ物にならない威力の電撃はイムランの防御網を突き抜けて直撃する。
なにが起こったか理解できずに煙を噴いて倒れるイムランを見て、タケシー達は満足そうに笑っていた。
そんなタケシー達の目の前に豪華な料理が差し出される。
真奈が、タケシーとイムランが戦っている間にテントに戻り、貴族の料理の残りを集めて奇麗に盛り付けてきたのだ。
「残り物ですけど、いかがですか?」
ニコリと微笑んで見せるとタケシー達が嬉しそうに群がってくる。
そんな真奈とタケシー達を見つめる少女がいた。
先ほど、カシスが貴族(?)にからまれている所を助けた少女だ。
彼女の名は【ミニス・マーン】。
マーンの名が示すようにイムランの血縁に当たる。
続柄は姪。
ミニスの家はこのサイジェントから遥か東の地・聖王都【ゼラム】にあるのだが、この花見の時期に合わせて召喚術の修行の一環としてサイジェントにやってきていた。
召喚師の続柄であるにも関わらず未だ召喚術の一つも使えない。
いよいよ劣等意識を感じはじめていたミニスにとって真奈の存在は興味を抱かせるに十分だった。
メイトルパの亜人を護衛獣として連れつつ、サプレスのタケシーを使役して見せ、さらにミニスが尊敬するイムランの召喚獣を二重誓約によって自分のものにしてしまったのだ。
召喚師であれば真奈のした事について興味を持つなと言う方がどだい無理な話である。
真奈はそんなミニスの羨望の眼差しなど気付きもせず、料理を食べ終えたタケシー達を自分達の世界へと送還した。
その後、レイドとエドスを連れたカシス、ガゼルが真奈の援護に戻ってくる。
黒い煙を吹きながら倒れている黒焦げのイムランらしき者を見て拍子抜けするガゼルとカシス。
そんな彼らに事情を説明してから、真奈達は花見をお開きにして家に帰っていく。
真奈達が帰り支度を始めると、ミニスはテントの中に戻ってここの後片付けを始めるのだった。
さて、フラットのアジトに戻ってからも一波乱が待っていた。
騒ぎの元凶となったガゼル、カシス、真奈はリプレの前に一列に並んで立たされていた。
リプレは笑顔のまま言う。
「あーなーたーたーちー?」
びくっとするガゼルとカシス。
リプレが笑顔なだけに更に恐かった。
「わざわざ貴族のテントにつまみ食いにお出かけになるなんて、そんなにあたしのお弁当がお気に召さなかったのかしら?」
笑顔の中にも首を絞められているような恐怖と殺気を感じる声。
ガゼルとカシスは冷や汗を流しながらリプレの言葉を聞いていた。
そんな二人の態度を見かねたのか、リプレがふぅと溜め息を吐きながら言った。
「まぁ、いいわ。」
その一言で安堵の溜め息を吐く二人。
が、次の一言に耳を疑う。
「三人とも、つまみ食いしてお腹一杯だろうから、夕飯はいらないわよね?」
「ちょ、それはあんまりじゃ…」
「いらないわよね?」
「あわわ…」
カシスが反論しようとしたがリプレの【笑顔の殺気】を感じて言葉を詰まらせる。
リプレは終始笑顔のままだった。
「あらあらぁ…それは困りましたねぇ…」
真奈は困ったように眉をひそめて頬に手を当てる。
…てゆーか、真奈は何も食べていないのだが…。
「それじゃ、これから夕飯の準備があるから♪」
そう言い残してリプレが台所に向かった後、ガゼルとカシスが同時に溜め息を吐く。
「ごめんね、真奈。あたしたちの所為で真奈まで夕食抜きになっちゃって」
カシスは心底申し訳なさそうに頭を下げた。
真奈はすでにいつもの笑顔に戻っていて、
「でも楽しかったですよ♪」
あっけらかんといった。
「それに、お二人が仲良くなってくれたのなら、このくらい安いものですよ」
真奈の言葉ではっと顔を見合わせるガゼルとカシス。
いつのまにか行動パターンがシンクロしていた事に気付いてぷっと吹き出した。
「ケッ、認めてやるよ、お前をな」
ガゼルは恥ずかしそうに顔を背けながら手を差し出す。
カシスはまた軽く吹き出してからその手を握りかえした。
「これでカシスさんも本当にフラットの一員ですねぇ♪」
真奈の何気ない言葉でビクッっとするカシス。
(フラットの一員…あたしが?)
仲間、友達、家族。
自分には無縁だと思っていたもの。
それを彼女はこの【フラット】で手に入れてしまったのだ。
彼女が『任務』を完遂すれば確実に不幸になるであろうこの場所で…。
その時、彼女の中に小さなわだかまりが生まれる。
その小さなわだかまりは、迷いとなって彼女の心に少しずつ広がっていくのであった…。
次回 サモンナイト紅田Ver第6話
ホントのココロ
次回予告
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