第六話  ホントのココロ

 

激動の花見から一夜明け、夕食抜きの刑に処せられた三人はようやく空腹を満たす事を許されていた。

この聞くも涙語るも涙の珍騒動の一部始終はすでに真奈によってアルゼルに伝えられていたという事をガゼルもカシスも知る由もなく、今はただ無心に朝食を頬張っていた。

(ちなみに、アルゼルは目にうっすらと涙を浮かべて笑いを堪えていた)

 

さて、朝食を終えた真奈はミューと共に町に散歩に出ていた。

昨日同様絶好の花見日和である。

春の日差しを全身に受けながら、ありふれた話題に花を咲かせる。

他人から見ればつまらない話しでも当人達が楽しんでいればそれは最高の話題だ。

そうこうしながら歩いていると大きな門の前に出ていた。

前にガゼルに紹介された事がある、このサイジェントの領主のお城だ。

小奇麗に飾り付けられた城門とその奥に見える豪華な宮殿。

優美さと気品を兼ねそえたこの城はこの町の市民の税金で建てられたものだ。

理不尽なほど高い税金はこういった『見栄』の為に使われているのか。

そう思うと市民の怒りさえ感じさせる。

真奈はそんな印象を受けていた。

「キミ、領主様の城になにか用かい?」

真奈に声を掛けたのは爽やかに微笑む青年だった。

その白銀の鎧と真紅のマントから察するに騎士…しかもそうとう位の高い騎士である事を想像させた。

まさにその通り。

彼こそサイジェント騎士団団長・イリアスその人なのである。

「特に用がないのであればさっさと行った方がいい。さっきから彼らが不信そうに見ているぞ?」

イリアスが視線を送った方向では下っ端の騎士が確かに不信そうな目でチラチラとこちらを盗み見ているではないか。

「そうですねぇ、無用の騒ぎを起すのもなんですし、そろそろ行きますね。」

「ああ、そうした方がいい。」

イリアスに促されてその場を去ろうとした時、ミューが思い出したように言った。

「うみゅみゅ。まだお名前聞いてないの。」

ミューに言われてはっとして名乗りをあげる。

「私はサイジェント騎士団長、イリアス。よろしく。」

「私は須崎真奈といいます。こちらはお友達のミューさんです。」

「ミューなのぉ♪」

「友達?護衛獣ではなく?」

イリアスが不思議そうな表情でそう尋ねると

「うみゅぅ。お友達だよぉ。」

ミューは頬をぷくーと膨らませて反論する。

思いがけない反論を受けて困ったような表情を見せるイリアス。

ミューが珍しく怒った顔が妙に可愛かったためか、真奈は軽く吹き出してからイリアスに一礼するとミューの手を引いてその場を離れる事にした。

しばらくしてからミューが思い出したようにまた頬を膨らませる。

「ミュー、あの人嫌いぃ。」

「そうですか?」

「うん。他の人と同じでミューの事をただの召喚獣としてしかみてないもん。」

「それは…仕方ないのかもしれませんね。この世界では異界の方はこの世界の方に従属して初めて価値があるみたいですから。」

「うみゅう。お姉ちゃんもそう思う?」

「まさか。だって、私はこの世界の人間じゃありませんから。だから、ミューさんは私にとって大切なお友達ですよ。」

そう言いながらいつもの笑顔を見せている。

口先ではどうとでも言える。しかし、その笑顔が一切の偽りを持たない本物の笑顔である事を、野性の感覚を持つミューにはよく分かっていた。

ミューは嬉しそうに真奈に抱き付いて尻尾をぱたぱたさせていた。

その時、おいしそうな香りがミューの鼻孔をくすぐる。

鼻をひくひくさせて匂いの元を探すと、公園の屋台を発見した。

前にも食べた事がある焼きソーセージ屋さんだ。

「ミューさん、食べますか?」

「うにゅ〜食べる〜♪」

嬉しそうなミューの表情を見て軽く微笑みながらサイフを取り出す。

「……あらら?」

…が、ポケットの中にあるべきサイフがない事に気付いて困った顔をする。

しかもミューはすでに食べる気満々で、輝く視線が屋台の方に釘付けになっていた。

「あ、あのですね、ミューさん…?」

「うにゅ?」

申し訳なさそうに切り出したがミューの期待に満ちた笑顔に気おされてあとずさる。

さぁ困った。

今更サイフ忘れたとも言い出し難い状況になっている。

「じ、実はですねぇ…」

「うにゅにゅ?」

「おサイフを…」

「にゅ?」

「忘れてしまいましたぁっ!」

「うにょーーーーーーん!!」

カウンターのクリティカルヒット!

ミューの中で限りなく高まっていた期待が一気に崩れ去ってくらっとくる。

真奈は申し訳なさそうに口をぱくぱくさせたまま固まっていた。

そんな場面に都合よく通りかかったのは先ほど会ったイリアスだった。

巡回中だったらしいイリアスは事情を聞くとすっとお金を差し出す。

「どうやら先ほど失言をしてしまったようなので、これはそのお詫びに」

あまりお金の貸し借りと言う物は好きではなかったが、今は背に腹を代えられない。

イリアスの厚意をありがたく受け取ってミューに手渡した。

ミューは嬉しそうに尻尾をパタパタさせながら屋台に向かって駆け出す。

嬉しそうなミューを満足そうに眺めてから、改めてイリアスに深々とお礼をする。

「どうもありがとうございました。とても助かりました。」

「いや、気にしなくてもいいよ。私も、彼女の機嫌を損ねた様で少し気になっていたからね」

そう言いながら相変わらず爽やかな笑顔を振り撒いている。

以前会ったサイサリスといい、今日出会ったイリアスといい、前にカシスやリンデに聞いた騎士団のイメージとはずいぶん違っていると思った。

それとも彼は、真奈が召喚師だから貴族と同じように接しているのだろうか?

だが、真奈にはとてもそうは感じられなかった。

 

巡回を続けるというイリアスとそこで別れてから、あとでお金を返しに行こうと考えている時ふと何かが頭を過ぎった。

それは真奈が本来いるべき世界での出来事。

(…そう言えば神取さんにお金を返してなかったっけ…)

ふとそんな事を思い出して困ったような顔を見せる。

なんとか元の世界に戻る方法は無いものだろうか?

今更ながらにそんな想いを募らせていた。

 

「……と言う訳なんですよ」

フラットのアジトに戻ってからとりあえずそのことをカシスに報告してみる。

なんとか元の世界に戻る方法を見つけるためには、ここで一番召喚術に詳しく、自分を呼んだ儀式に参加していたカシスに聞くのが一番速いと思ったからだ。

カシスは少し困った表情を見せていた。

「それで、元の世界に戻りたいのね?」

「はい。」

真奈があまりにきっぱりと言い切ったから、カシスはまた少し困った表情を見せた。

「でも、そうしたらこの世界には戻れなくなるかもよ?」

「へ?また召喚してもらう事はできないんですか?」

正直、想定外の出来事だった。

元の世界に戻ってもすぐに召喚してもらえると高をくくっていたからだ。

「あのね、マナがこの世界に召喚された事はあくまで不測の事体なのよ?マナがいたチキュウって所のこともこの世界ではよく分からないし、普通、召喚術でゲートを開けるのは機鬼霊獣の四界と無界だけなんだから。」

カシスは召喚術の教本の様なものを見せながら説明した。

このリィンバウムを取り巻く四つの世界。

確かに、真奈がいた世界のことはそのかけらだって記されてはいなかった。

しかし、真奈は妙な引っ掛かりを覚えていた。

なぜなら、自分は確かにこの世界に召喚されたし、それに…

「カシスさんは確かハリセンを召喚してましたよね?」

想像だにしていなかった言葉を聞いて、カシスはキョトンとしたまま道具袋の中からシルターンの文字で『根性』と書かれたハリセンを取り出して見せる。

「これのこと?これはシルターンのでしょ?シルターン文字が書いてあるし。」

「シルターンの文字がどういうものかは知りませんけど、これは確かに私がいた国の文字ですよ。しかも、これは私の後輩の物です。」

「ふえ!?まさか見間違いでしょ!?」

当然驚いたのはカシスだ。

まさか自ら召喚術の常識を覆す召喚をするなど思ってもいなかったのだから。

「間違いないですよ。神取亮さんというのですが、『根性』と書かれたハリセンを大切そうに磨いている所を見た事が有ります。」

「磨くって…これ厚紙でできてるのに…どうやって磨くのよ?」

「……さぁ…?」

目を見合わせたまま沈黙。

先に言葉を発したのはカシスだった。

「…変な奴が多い世界みたいね…」

壮絶なる誤解だった。

が、出会ったのが真奈で、ハリセンを磨く謎の人物の話しをされては仕方のない事なのかもしれない。

「うにゅーそういえば、カシスお姉ちゃんが召喚する時白い石を使ってたよ?シルターンのなら赤い石だし、カシスお姉ちゃんはサプレスの召喚術しか使えないよね?」

ずっと傍観を決め込んでいたミューが思い出したように言う。

確かにミューの言う通りだ。

が、あの時はほとんど無意識だった為、詳しいことはカシス本人にもよく分かっていなかった。

なんにせよ、真奈を元の世界に戻す手がかりは皆無という事だ。

「やはり、一度儀式跡地を調べる必要があると思います。地球とゲートが繋がってしまった原因も分かるかもしれませんし、物だけでも召喚できれば、それをメモと一緒に神取さんの元に送還すればお金を返す事もできますから。」

「うみゅ!そうすればお姉ちゃんはいなくならないねぇ♪」

真奈自身、元の世界に帰りたい訳ではない。

ここの世界での生活は気に入っているし、元の世界に帰ったらまた居場所がない生活が待っているだけだから。

でも、お金を借りたままと言うのは心苦しかった。

「わかったわ、一度儀式の跡地を調べてみよう。」

ようやく首を縦に振ったカシスと共に跡地に向かう事にした。

一緒に行くと言ってきたガゼル達には無駄足になるかもしれないからと同行を拒否。

真奈とミュー、カシスの三人で荒野に向かった。

 

サイジェントの街をでてしばらくした時、荒れ果てた大地に横たわる人影が見えた。

顔立ちや背丈から察するに17、8位の青年に見える。

黒み掛かった光沢を放つ鎧を見ると騎士だろうか?

だが、背中には翼を思わせる鋼鉄の板のようなものがついている。

なによりも目を見張るのはその右腕だ。

肘から下がドリルの様になっていた。

これは機界・ロレイラルの機械兵士が使う戦闘用アームと同じ物と思われる。

「あの、大丈夫ですか?」

真奈が倒れている青年の肩を揺すりながら声を掛けると、青年は微かに目を開いた。

「…ここは…?…どうやら、私は敗北したらしいですね。マスターに誓約を解除され破棄されたのでしょう…」

青年は確かに『誓約を解除された』といった。

つまり、彼は人間とほぼ同じ形状をした召喚獣という事になる。

「…腕部、脚部大破…行動不能…。せめて送還して貰えれば再び戦えたものを…」

悔しそうに歯を食い縛る。

「…もっとも、これ以上戦いたくもありませんが…。」

青年の話によると彼の名はザイン。ロレイラルで改造されたリィンバウムの人間だという。

形式番号はZ−999。かつてリィンバウムへ侵略を掛けていたロレイラルの切り札として開発された機体で、能力は現在までの機械兵士と比較しても群を抜いた存在だが、人間としての人格を消去する段階になって戦争は終結。そのまま開発プロジェクトは凍結し、彼はプラントを脱走。意思をもった改造兵器としてロレイラルの世界をさ迷っていた。

最近になって外道召喚師によってこのリィンバウムに召喚されたが、誓約の力により本来の実力を発揮する事ができずに敗北、現在に至ると言う訳である。

「ロレイラルの融機人(ベイガー)にさらわれ、改造され、やっとリィンバウムに戻ったかと思えば数千年の時が経っている。しかも誓約によって縛られ戦わされ、敗北して廃棄され…私の人生とは一体なんなのでしょう…これが運命なのでしょうか…?」

ザインは悲しそうに瞳を閉じる。

カシスもそれに合わせて瞳を閉じていた。

(運命に縛られ自由を持てない。逆らう事も逃れる事もできずにただ運命を受け入れるだけ…。そして敗北したら切り捨てられる。…あたしと…同じだ…)

心の中で呟きながら見詰めたカシスの手は真っ赤に染まり、鮮血が滴り落ちていた。

全身も返り血にまみれ真っ赤に染まっている。

そんな自分から目を背けるように首を振る。

真奈はただ、悲しそうにザインを抱き起こしていた。

「ロレイラルに送還すればその傷も修復できるのですか?」

「ええ、全自動プラントが生きているはずですから。外部からプログラムを流すことで自己修復機能も生き返るはずです。」

それだけ聞くと、真奈は道具袋の中から黒いサモナイト石を取り出す。

「ロレイラルは黒でしたよね?」

一応確認してからギュッと握り締め魔力を送る。

「あのね、何度も言うけど、召喚術には資質が必要なのよ。マナはサプレスとメイトルパの資質を持ってるみたいだけど、それってかなりすごい事よ?2つ資質を持ってるだけでも逸材なんだから。」

カシスの言葉を聞いても、尚魔力を送り続ける。

すると、真奈の目の前の空間が歪み別の空間が広がった。

そこには機械が犇めきあう世界が見えた。

間違いなくそこは機界・ロレイラルだ。

「う…そ…でしょ?」

唖然とそれを見つめるのはカシスだ。

3つめの資質を示して見せた真奈に正直度肝を抜かれていた。

そんなカシスに気付かずに、真奈はザインの肩を担いでゲートの前に立たせる。

「ザインさん、確かに、あなたは不幸な運命を押し付けられたかもしれません。でも、あなたは運良く人間の意志を残す事が出来たじゃないですか。人間の意志はきっと、運命を変える力を持っていると思います。…絶対に諦めないで下さいね。」

「マナさん…といいましたね…。感謝の言葉もありません。次に戦う事があるとすれば…それはあなたの為に戦いたい…。」

「…お気持ちはうれしいです。でも、できれば戦う必要のない世界で再会したいですね。」

「…そうですね。」

ザインはにこりと微笑んでからゲートをくぐった。

這うようにして修復カプセルに入ると、あとは自動で修理が始まる。

真奈はゲートを閉じるとカシスとミューに向かって元気に言った。

「さてと、先へいきましょう。」

三人はまた目的の場所を目指して歩きはじめる。

 

しばらく歩くと、今度は目的地の方向から一人の大柄な男性が歩いてきた。

重そうな鎧を当然の様に着込んで、平然と歩いている所を見るとやはり彼も騎士なのだろう。

「うにゅう!こんにちわ〜」

真っ先に挨拶したのはミューだった。

騎士は軽く微笑んでから挨拶代わりに片手を軽くあげる。

「この先には物騒な大穴があるだけだぞ?道にでも迷ったのか?」

騎士の質問に答えたのは真奈だ。

「私たちはそこに用事があ……」

すぱーーーーん!!

カシスのハリセンが軽快な音を立てる。

素人ではここまで見事な音を出す事はできない。

どうやら熟達したハリセン使いか、もしくはハリセンの素質があるのだろう。

…そんな素質、本人は欲しくもないだろうが。

「あんたね、なんでもかんでもベラベラ喋るんじゃないの!」

「あれれ、ヒミツでしたっけ?」

あっけらかんといった真奈に、カシスは大きな溜め息を吐いた。

「普通言わなくてもわかるでしょ?どこの世界に殺風景な大穴に用事がある一般人がいるのよ?」

きょとんとした表情のまま自分を指差す真奈。

すぱーーーん!

また軽快なハリセンの音が響いた。

「あんたはもはや一般人じゃないでしょーが!」

まぁ、言われてみれば謎の世界から召喚されて、且、召喚術を使う事ができる人物が一般人なわけ無い。

「つまり、あんたは怪しさ大爆発な発言をしたって事なのよ!」

そう結論付けるカシス。

真奈は納得した様にぽん!と手を叩いてから、

「でも、カシスさんのリアクションの方が怪しさ大爆発ですよねぇ♪」

あっけらかんといった。

「がっ…」

カシスが言葉を詰まらせて騎士に視線を向けると、騎士の怪訝な視線は一身にカシスに向けられていた。

困ったように視線を泳がせるが、それが更に怪しさを募らせる。

「そ、そーゆーわけだから……じゃーねぇ〜〜!!」

苦笑いを残したまま真奈とミューの手を引いてそそくさとその場を離脱する。

怪しさ超爆発だった。

 

なんとか騎士の姿が見えない所まできた時には丁度目的地に到達していた。

巨大なクレーターが前と同じ姿のままで真奈達を出迎える。

「さてと、んじゃちゃっちゃと調査してくるわ。」

そう言ってカシスは穴の中に降りていった。

「あのー、なにか手伝える事はありませんかぁ〜?」

クレーターの外から真奈が大声で呼びかける。

「前にー!あたしなりにー!調査してるからー!残りの調査はー!一人で大丈夫ー!」

クレーターの底からカシスが大声で返事をした。

それを聞いてから真奈はカシスの調査が終わるまでミューと戯れる事にした。

 

「はぁ、駄目駄目。原因なんてわかりゃしないわ。」

小一時間ほど調査してから、目の前で手をぱたぱたと振りながら溜め息交じりにカシスが言った。

真奈はそうガッカリした様子も無かった。

ミューと遊んでいたことで後輩にお金を返さなければいけないということを忘れてしまったのだろう。

「仕方ないですね。それでは、そろそろ帰りましょうか。」

歩き出した真奈の後をミューとカシスが追いかける。

が、そう簡単には帰れそうもなかった。

荒野に点在している岩山の影からたくさんの男が姿を見せる。

どいつもこいつもどこかで見たような顔だった。

「また会ったな。」

男の一人が声を掛ける。

真奈はにこりと微笑みながら挨拶を返した。

「おでこさん、おひさしぶりですねぇ。」

「で、でこって言うなぁ!」

どうやらそうとうコンプレックスらしい。

もう分ったと思うが、彼らはバノッサ率いるオプテュスのメンバーである。

とりわけ真奈との遭遇回数が多いのはこのおでこさんだった。

「おら、でこ!いつまでも突っ立ってんじゃねー!!」

姿を現したバノッサがおでこさんに蹴りを入れながらいった。

「うぅ、バノッサのアニキまで…」

おでこさんは悲しそうだった。

ま、それはさておき、今回はバノッサの隣りに見慣れない少年がいた。

少年は人当たりのいい笑顔を見せながら挨拶をする。

「こんにちは。えと、おねーさんたちにははじめましてかな?僕はカノンです。一応、バノッサさんとは義兄弟なんですよ。」

言って、カノンがぺこりとお辞儀した。

「これはこれはご丁寧に。私は須崎真奈といいます。こちらはカシスさんとミューさんです。」

真奈もニコニコしながら自己紹介をする。

とても敵対組織同士の遭遇とは思えない雰囲気だ。

「呑気に自己紹介してんじゃ…」

「ないわよっ!!」

バノッサとカシスが同時にカノン、真奈にツッコミをいれる。

あまりにも見事なタイミングにミューはただただ感心するだけだった。

「で、こんな大勢で私たちになんの用?」

カシスはコホンと咳払いしてからバノッサを睨み付けながら言う。

「みなさんでピクニックでもしてたのではないでしょうか?」

自分の意見になんの迷いも持っていない真奈が得意げに言った。

「うみゅみゅ。ピクニックならアルク川の河川敷がいいのぉ。芝生がふかふかでお日様がぽかぽかでふみゃ〜〜ってなるんだよぉ。」

ミューはその気持ち良さを思い出して目をキラキラ輝かせていた。

真奈もうんうんと頷いている。

確かに、この時期の日向ぼっこは気持ちがいいものだ。

「まだ早いですし、家に帰る前に日向ぼっこして帰りませんか?」

これは名案!とばかりに手を叩きながら言った真奈。

ミューは嬉しそうに飛びつきながら言った。

「うみゅみゅ〜♪日向ぼっこ〜♪」

そんな二人をみつめてぽかーんとしているのはカシスだ。

これだけ大勢の敵に囲まれているのに、こいつらには恐怖と言う物はないのだろうか?

…答えは真奈達が『敵に囲まれている』と思っていないだけだったりする。

「コホン!コホン!!で、あたし達になんの用!?」

カシスがあからさまに咳払いをして同じ質問を繰り返す。

「だから、ピクニックに…」

すぱーーーーん!!

核心まで言わせずにハリセンで突っ込んでバノッサに発言を促す。

一瞬こいつらのノリに気おされていたバノッサが我を取り戻して言葉を切りだした。

「俺様が用があるのはてめぇだよ、女っ!」

「はい?」「あたし?」「うにゅ?」

三人が同時に答える。

「みんな女性ですよ、バノッサさん。」

すかさずフォローするカノン。

「だぁ、てめぇだよ、てめぇ!!てめぇは召喚師だろ!?」

「そうよ。」

答えたのはカシスだった。

バノッサが指差している人物は真奈だったのだが…。

「…この際どっちでもいいっ!俺様に召喚術を教えやがれっ!!」

どうやらそれが核心らしい。

「やだ。めんどいもん。」

冗談ぷーとばかりに背を向けながらカシスが答えた。

その態度がバノッサを刺激する。

「召喚術を教えるのと、ここでぼろぞーきんの様な姿にされるのはどっちがお好みだ?」

バノッサがそういうと、後ろに控えていた50人程の手下が武器を構えてカシス達を睨み付けていた。

「どっちもやだ。」

そう言いきったカシスだが、微かに肩が震えているのが分った。

今、自ら力のほとんどを封印している状態のカシスが、これだけの相手を撃退するなど不可能に近かったからだ。

そんなカシスの心にある恐怖をバノッサは察していた。

にんまりとほくそえみながら言葉を続ける。

「たった三人でこれだけの人数を相手できるともおもえねーけどな?」

バノッサの指示で手下は完全に三人を取り囲んでいた。

逃げる事はまず不可能だ。

(くっ、さすがに数が多すぎる…)

カシスが舌打ちしながら憎々しげに手下達を睨み付ける。

真奈はいつもの笑顔のままでのほほーんとして言った。

「みなさんで円になって…フォークダンスでもはじまるんでしょうか?」

「うにゅう。ふぉーくだんすってなになに?」

「フォークダンスというのはですねぇ…」

すぱぱーん!!

同時に二人へのツッコミ。

目標の姿を見ずに、声の発信源だけを頼りにツッコミをいれるこれは、もはやこれは達人の技だった。

「まったく、このおちゃらけ娘は…っ」

普段と全く変わらない二人の態度を見て、一人ビクビクしていたことが急に恥ずかしく思えた。

「こうなったら…やるっきゃないかっ!」

これだけの敵を相手に戦いを挑むのは愚か者のすることだと思えた。

だが、バノッサに召喚術を教える訳にもいかない。

野心を持った者が召喚術を覚えるとどういう結果になるのか…カシスはそれをよく知っていたから。

「我が名においてここに召喚する。いでよプチデビル!」

サプレスの小悪魔、プチデビルが姿を現すと同時に火の玉をバノッサに向けて投げつけた。

襲い掛かる火の玉に身じろぎ一つ見せないバノッサ。

直撃の瞬間、カノンがそれを剣で叩き落とす。

「うそっ、なんで!?」

さすがのカシスも動揺した。

魔力によって生成された火の玉は普通の攻撃で叩き落とせるものではないのだ。

「こいつは特別でな、その程度の魔力ならどーってことないのさ。」

「あんまり気が進まないけど、おねーさんたちがバノッサさんと戦うつもりなら…僕も手加減しないよっ!」

カノンがカシス達を睨み付けている。

バノッサはしてやったりとばかりにほくそえんでいた。

「どうだ、俺様に召喚術を教える気になっ……」

どがっ!!

バノッサの言葉を中断したのは物凄い轟音だ。

それと同時に円陣を組んでいた手下の45人が宙を舞い、地面に叩き付けられる。

「どうした!?」

見ると、そこから一人の剣士が姿を見せた。

先ほど出会った大柄の男だ。

敵か味方かも分からない謎の剣士。

だが今は少なくとも敵とは思えない。

「てめぇもこいつらの仲間かっ!?」

バノッサは憎々しげに睨み付けながら言った。

それもそうだろう、あと少しで計画は完璧なまま終了を迎えるはずだったのだから。

男はふんと鼻で笑ってから答える。

「ただの通りすがりだ。ただ、女や子ども相手に大勢で取り囲んで…というのが気に食わなくてな。加勢させてもらうぞ。」

男はにやりと笑って大剣を構える。

バノッサは歯ぎしりしながらも手下達に指示を出した。

「かまわねぇ、全員まとめてやっちまいなっ!」

「おおおおっっ!!」

ときの声をあげながら、手下達が一斉に雪崩れ込む。

「ふん、雑兵がいくら集まった所で…っ!」

男が一振りすると一気に45人の手下が弾き飛ばされていた。

「うにゃにゃにゃにゃ!?」

ミューは手下達の隙間を縫うように躱しながらちょこまかちょこまかと走りまわる。

すれ違いざまに尻尾で攻撃したり、鋭い爪で切り付けたりしながら着実にその数を減らしていっていた。

カシスも召喚術で手下を撃退していく。

しかし、それでも敵は次々に襲い掛かってくる。圧倒的な戦力差だった。

特に闘えないのは真奈だった。

真奈の技は締めたり極めたりして初めて威力を持つ。

しかし、一対多数のときは他の敵にそれを阻止されてしまうため、実用的な技ではない。

この状況で使うためには極め=即折るくらいの事をする必要があるのだが、それは真奈にできることではなかった。

「困りましたねぇ…」

言葉通り困った顔をしながら考えるように頬に手を当てる。

が、戦場でゆっくり考えている暇などありはしない。

ここぞとばかりに手下が群がってきた。

「もらったぁ!」

一気に突撃してきた手下の攻撃を受け止めようとするが、横からも切り掛かってくる手下がいるために真奈自身の動きを止める事はできない。

しかたなく手下の攻撃を躱して再び間合いを広げる。

「うーん…どうしましょう?」

とりあえず、後ろで傍観を決め込んでいるバノッサに聞いてみた。

「知るかっ!」

当然、何も答えてはくれなかった。

「あんたバカ!?サモナイト石は何のためにあるのよ!?」

敵と交戦中のカシスが真奈の道具袋を指差しながらいった。

「あ、そうですねぇ。」

思い出したようにサモナイト石を一つ取り出す。

紫のサモナイト石。

これは以前、タケシーを送還する時に使ったものだった。

(マナ、うまい飯のお礼する、俺、召喚しろ)

サモナイト石を通じてタケシーの声が聞こえてきた。

どうやら、以前の料理のお礼をしてくれるらしい。

…真奈が作った物ではないのだが…。

「それじゃ、お言葉に甘えさせて頂きますね。」

(任せろ)

タケシーの言葉を聞いてからサモナイト石に魔力を集中する。

目の前の空間が歪み、霊界・サプレスの世界が見える。

開いたゲートからタケシーが元気に飛び出してきた。

「マナっ、タケシー程度じゃこの状況は変えられないって!!」

カシスの言葉をを聞いたタケシーはとりあえずカシスに電撃を落とす。

「はぅ!?」

直撃を受けたカシスはぴくぴくしていた。

「タケシーさん、おいたはいけませんよ?」

(あいつ、ムカついた)

黒焦げになったカシスを見ながらタケシーは満足そうに笑った後、今度はバノッサの手下達を睨み付けた。

電撃が一気に数人を巻き込んで炸裂する。

なかなか派手な演出だったが、本人は不満そうに首をかしげた。

(魔力、足りない。もっと、石に魔力送れ。そうすれば、召喚獣、もっともっと強くなる)

「はぁ…やってみますね。」

タケシーに言われたとおり、石を握り締めてさらに魔力を集中させる。この上ないくらい魔力を送り込むと、タケシーが再び電撃を放った。

どがががががががが!!

特大の電撃が手下を30人程巻き込んで炸裂すると、タケシーは満足そうに声をあげて笑う。

「うそ…これがタケシーの魔力なの…!?」

ぱふっ!っと黒い煙を吐きながらキョトンとしたままカシスが呟いた。

「タケシーさん、すごいですねぇ♪」

真奈は、満足そうに笑ったまま目の前を漂っていたタケシーをぎゅーっと抱きしめながら嬉しそうに言った。

「…こいつ、赤くなってるわよ?」

カシスが微妙に紅潮しているタケシーの頬(?)を指でツンツンしながら言うと、間髪入れずに小さい電撃がカシスを直撃する。

「ぐはっ!口は災いの元…(ばたっ)」

断末魔の一言を残して再びぱふっ!っと黒い煙を吐き出しながら倒れてしまう。

「おいたはいけませんよぉ」

真奈が優しく諭すように、タケシーの頬を突つきながら言った。

それでもタケシーは黒焦げになったカシスを見て満足そうに笑っている。

 

ともあれ、これで敵の数は一気に減少し、形勢は一転していた。

一振りで5人は倒せる謎の剣士。

素早い動きで敵を翻弄するミュー。

小技ながらそれなりの威力の召喚術で着実に敵の数を減らす事ができるカシス(現在戦闘不能)。

真奈の魔力を受けて凄まじい威力の電撃を放つタケシー。

そして、11での戦いでは最大の威力を発揮する真奈。

逆に、バノッサ側の戦力といえば、

魔力の炎を叩き落とす、特別製(らしい)戦闘力のカノン。

両手に持った剣で鋭い連撃を放つバノッサ。

あとはすでに腰が引けているほとんど戦力になりそうもない手下が23人。

戦況は火を見るより明らかで、この場合バノッサがとるべき一番有効な手段は撤退しか有り得なかった。

だが、それを選べないのがバノッサという男である。

「ナメんなぁぁぁ!!」

ターゲットを真奈に断定して、剣を構えながら突進するバノッサ。

のほほんとタケシーを抱いたままの真奈に鋭い斬撃が襲い掛かる。

真奈は弧を描くように襲い掛かってきた正確な攻撃をすっと躱しながら間合いを広げて、困ったような表情で言った。

「バノッサさん、そろそろやめにしませんか?戦うのはあまり好きではないんです。」

そんな要求を飲むような奴なら最初から多人数で周りを取り囲んだりはしない。

バノッサは話しにならねぇ!とでもいいたげに唾を吐き捨てて、更に切り掛かってくる。

右から切り下ろす斬撃をバックジャンプで躱すとその着地点を狙い済ましたかのように左の突き。

手を使って捌こうにもタケシーを抱いているのでそれは無理。

仕方なく、相手の突きに合わせて体の軸をずらしながらバノッサの懐へ。

ぐっ!っと地面を踏みつけて肩で鋭い体当たりをいれる。

が、小柄な真奈の体当たりではバノッサはびくともしなかった。

真奈の硬直状態を狙ってバノッサの鋭い蹴りが真奈の両足を払う。

勢いよく尻餅をついた真奈めがけて、バノッサが大きく剣を振り上げた時、真奈の胸に抱かれたままのタケシーと眼が合った。

(やべぇ!!)

そう感じた時はすでに手後れだ。

タケシーがニンマリと笑うと振り上げられた剣に大きな雷が直撃する。

「ぐあああああ!!!」

したたか電撃を浴びたバノッサが力尽きたように膝をつく。

「タケシーさん、おいたしちゃメッ!ですよ」

真奈は相変わらずニコニコしながらタケシーの頬をつんとつつく。

「くっ…負けねぇ…ぞっ!」

倒れそうになった体を剣で支えて辛うじて立ち上る。

剣を杖の様に吐いたまま真奈とタケシーを睨み付けた。

「召喚術を使う資格は…俺様にあるはずだ…っ!はぐれ野郎…てめぇなんかに使う資格はねぇ!!」

バノッサが言う『資格』とは一体何を指すものなのかは分からない。

だが、バノッサには自分が召喚術を使えて当然という確固たる自信があるようだった。

「バノッサさん…」

フラフラしてるバノッサを心配そうに見つめる真奈。

だが、バノッサはそんな真奈にはお構い無しで真奈の腰に下げられている道具袋を憎々しげに睨み付ける。

(サモナイト石さえあれば、俺様も召喚術が使えるはずだっ!)

そう決断するのが早いか、バノッサの手が真奈の道具袋をひったくっていた。

ニヤリと笑いながら適当に取り出したサモナイト石は緑色。

よく目を凝らすと、半透明の石の中にミューの姿が映っていた。

確認するまでもなくミューを召喚する時に使った物だ。

「これで俺様も召喚術を使ってやるっ!形勢逆転だぜ、はぐれ野郎ぉ!」

ぎゅっと握り締めるが何の反応も示さない。

緑…メイトルパの資質がバノッサにないのか、それとも召喚術の資質自体がないのか。

とにかく、今握り締めているサモナイト石は何の反応も示さなかった。

「なんで反応しねぇんだ!?俺様にだって資格はあるはずだっ!!」

サモナイト石に拒絶されたバノッサが悔しそうに石を地面に叩き付ける。

「うみゅ!?」

それと同時に、ミューが苦しそうに地面に倒れ込む。

恐らく、バノッサの『怒り』や『憎しみ』が『負の魔力』となってサモナイト石を通じてミューに逆流しているためだろう。

そんな真奈やカシスにも正確には分からない原理をバノッサが理解できるはずもない。

だが、その現象が事体を一転させる武器になる事だけは理解できていた。

「は…はははっ!これで猫娘は人質になったようなもんだぜ!オラっ!猫娘を解放して欲しければ俺様に召喚術を教えやがれ!!」

サモナイト石をぐりぐりと踏みつけながら言う。

その都度、ミューは苦しそうにうめき声をあげていた。

「……」

真奈は何も言わずに沈黙を保っていた。

俯いていたのでどういう表情をしているのかは分からない。

だが、下から見上げるようにして真奈の顔を覗き込んだタケシーはびくっっとして硬直する。

「タケシーさん…少し、離れていて下さいね…」

タケシーは真奈がすっと手を放すと逃げるように距離をとる。

バノッサは忘れていたのだ。

真奈を相手に人質を取るとどういう結果になるのかということを。

きっ!っと顔を上げた真奈の目は見開かれていて、いつか見た金色の瞳がバノッサを一瞥している。

バノッサは今更ながらに思い出していた。

あのフラットのアジトで感じた恐怖を。

あの真奈の圧倒的な強さと、全身を切り刻まれるような殺気を。

「それはミューさんを召喚した時に使ったサモナイト石です。…返して下さい。」

言葉では自発的に返却する事を促しているが、バノッサが素直にそれに応じるとは思っていない。案の定、バノッサは更に踏みつけながら言った。

「それ以上近付いてみろ!この石を粉々に砕いてやるぜ!」

「…そう…ですか…。」

残念そうに溜め息を吐いた瞬間、バノッサの正面に姿を現した真奈は顔を鷲掴みにして力任せに地面に叩き付けた。

とてもさっきまでの真奈と同一人物とは思えない力。

だが、こんな状態でも手加減をすることを忘れてはいなかった。

直撃の瞬間に力をゆるめてダメージを減らしていたのだ。

バノッサの手から自分の道具袋を取り返して、地面に転がっているミューのサモナイト石を大事に拾い上げる。

その時、後ろを向けていた真奈にバノッサは切り掛かろうとしてた。

だが、肩越しに睨み付けられて動きを止める。

『次は手加減しない』真奈の金色の瞳はそう語っていた。

「へ…へへへ…『次は殺す』ってか?俺様の流儀を覚えたみてぇだな。だが…その程度でひくわけにゃいかねぇんだよ!!」

恐怖を振り払うように叫びながら剣を振り下ろす。

「…つくづく…度し難い人ですね…」

剣を振り下ろすよりも若干早く、真奈の後ろ回し蹴りがバノッサの顔面に直撃する。

ふらついたバノッサに鋭く足払いを掛けうつぶせに倒れさせると、即座に背後からバノッサの首に腕を絡ませる。

「意識がある限り戦いを止めないでしょうから…落とさせていただきますね」

ぐっと力を込めるとバノッサが苦しそうにうめいてから意識を失う。

悲しそうにバノッサをみつめてから、遠くで謎の剣士と剣を交えていたカノンに呼びかける。

「カノンさん、バノッサさんは戦闘不能です。リーダーが戦えなくなったからには戦術的撤退をお勧めしますが、どうします?」

剣士との戦いに意識を集中させていたカノンはこちらの戦況を垣間見る余裕もなかったのだろう、驚いたように駆け寄ってきた。

「しばらく安静にしていれば目を覚ますはずですから。本当はこんなことしたくはなかったんですけど、あまりにもしつこかったので…。」

すでに真奈の瞳はいつもの黒い瞳に戻っていた。

すぐにいつもの糸目になってその黒い瞳も見えなくなってしまう。

「はぁ…だからこんなこと止めようっていったのに…」

カノンがヤレヤレな表情でバノッサを担ぎ起す。

残った手下に適確に指示をだして倒れている仲間達をすべて回収すると、真奈にぺこりと頭を下げてカノンは引き返していった。

オプテュスが撤退準備を始めた時、真奈はミューの元に駆け寄っていた。

特にダメージは残っていないようで尻尾をぱたぱたさせながら起き上がっていた。

「ミューさん、大丈夫ですか?」

「うみゅみゅ、平気だよぉ♪」

ミューが踊るように回りながら元気さをアピールすると、真奈は申し訳なさそうに俯いた。

「私の認識不足でした。まさか、サモナイト石にこんな効果があるなんて知らなくて…。もしかしたら、これは【誓約】よりも酷い事なのかもしれません…。」

こんなチンケな石っころを使って離れた場所からでもミューに危害を加える事が出来てしまう。

しかも、これは召喚主以外にも可能なこと。つまり、このサモナイト石を外道召喚師にでも盗まれてしまったら、それはミューが誓約によって縛られてしまったのと同義なのである。

(でも…【誓約】と違って、こっちはとても心地いい…)

タケシーがふよふよと真奈の周りを漂いながら言う。

縛られて強制的に戦わされるのと比べると、こちらのほうが遥かにマシだといいたいらしい。

「でも…もし私がこれを無くしてしまったら…」

きゅっとサモナイト石を握り締める。

これはミューやタケシー達の命と同じようなものなのだ。

「…だから、お姉ちゃんに預けるんだよ。ミュー、お姉ちゃんなら信用できるもん」

(俺も…できる)

ミューがニコリと微笑みながら嬉しそうに尻尾を振る。

タケシーも笑顔(?)を見せていた。

「ありがとう…ございます…」

ぎゅっと二人を抱きしめながらいった。

(俺、そろそろサプレスに帰る。ゲート、開いてくれ)

タケシーに言われて真奈がゲートを開くと、タケシーはゲートに入る前に一度真奈に向き直って言った。

(マナの魔力、あたたくて気持ちいい。俺、気に入った。困った事あったら、また召喚しろ)

真奈が嬉しそうに微笑みながら頷くと、カシスが小さく首をかしげながら

「実は真奈の胸が気に入っただけだった…らぁ!?!?」

ずがががっ!

カシスの言葉を中断するように稲妻がカシスを直撃した。

タケシーはゲラゲラと笑いながらゲートをくぐってサプレスへと帰っていく。

「タケシーさん、おいたは駄目って言ってるのに…」

ゲートが消えた空間を眺めながら言った。

「…他に…言う事…ないの?」

カシスはまたしてもぱふっ!っと煙を吐きながら地面に倒れる。

思い出したようにカシスの元に駆け寄って抱き起こすと、目を白黒させるカシスに手をぱたぱたさせながら少しでも風を送ろうと試みる。

そのとき、視界に謎の剣士の姿が目に入った。

手をパタパタさせながら思い出したようにぺこりと頭を下げた。

「お見苦しい所をお見せしました。」

(あたしがお見苦しいって事?)

心の中でそう思ったが、今のカシスにツッコミをいれる余裕なんてなかった。

「いや、楽しませてもらった。」

剣士はふっと鼻で笑いながらそう答える。

「それに、危ない所を助けていただいて…」

「それも気にするな。さっきもいったが、数で攻めるやり方が気に入らなかっただけだ。それに、俺が助けに入ったのが気に食わない奴もいるみたいだからな。」

剣士はそう言ってチラリとカシスに視線を移す。

カシスは上半身を起して剣士を睨み付けながら

「ええ、気に食わないわね。」

きっぱりと言い切った。

真奈はいつものカシスと違う剣呑な雰囲気に圧倒されている。

オロオロと剣士とカシスを交互に見比べていた。

「あんた、あたし達の事を尾行してきたでしょう?」

確かに、真奈達と反対側に歩いていったはずの人物が加勢に入ってくる事は考え難い。

「怪しさ大爆発ですからねぇ」

真奈が言った。不信人物として尾行されてもおかしくないだけの怪しい行動を取ったのも事実だ。

「う、うるさいわね。あたしは、人の後をこそこそ付け回すような奴は大っ嫌いなのよ!」

「ふん、俺はもうお前らには用はない。心配せずともこれで消えてやる。」

そう言い残して背を向けると、あとは目もくれずにさっさとサイジェントの方に歩き出していた。

その後ろ姿を見送りながら、ミューが真奈に擦り寄りながら言う。

「うみゅー、悪い人じゃないと思うけど、なんか恐いね」

恐らくミューが恐れているのは、謎の騎士が放っていた殺気と、剛健な雰囲気だろう。

厳格なその雰囲気は、安穏な生活が好きなミューにはちょっと近寄り難い印象を与えたのかもしれない。

真奈はそれよりもカシスの態度の変貌の方が気になっていた。

いつも明るく、ニコニコしているカシスだが、時々殺意をむき出しにしたり、疑心暗鬼になっているような所も見える。

いい人だとは思うけど、時々恐いくらい厳格で…。

(これは…ハッキリさせておいた方がいいかも…)

「…カシスさん」

漠然とそう確信した真奈は、立ち上って服についた砂を払っているカシスの後ろ姿に呼びかけた。

「ん?」

すでにいつもの表情に戻っていたカシスはキョトンとして肩越しに真奈を見た。

なんとなく、いつもと違う雰囲気の真奈を感じたミューはおとなしくなっている。

「カシスさんは何を恐れているんですか?」

「は?」

突拍子もない質問に、カシスは顔をしかめてしまう。

真奈はそれでもお構い無しに話を続けた。

「カシスさんは、私に人を疑う事を覚えなさいといいました。でも、カシスさんは疑いすぎだと思うんです。」

「…それは…否定しないけど…」

「そして、人を疑うという事は人を恐れているから…。ずっと以前、ある人がそう教えてくれました。」

故郷のあの街で、『彼女』は真奈にそう教えた。

その出会いがなければ今の真奈はいなかっただろう。

その『彼女』の言葉を思い出すように真奈は小さく俯いた。

「…私の推測では…カシスさんが恐れているのは秘密がもれる事。カシスさんの同志から私に秘密が漏れる事と、部外者に私や組織に関わる秘密が漏れる事を恐れているのだと思います」

「あたしが…真奈やみんなに隠し事をしてるってこと?証拠はあるの!?」

さっき謎の剣士に向けた剣幕で今度は真奈に詰め寄った。

真奈はいつもの様に平然と、そして淡々と語りはじめる。

「そうですねぇ。まず、カシスさんの言葉について。カシスさんは組織には所属していないとおっしゃいましたが、私がこの世界に呼ばれる原因となった儀式の規模を見るととても個人レベルの資金でできるものではありません。このことはガゼルさんやエドスさんに聞きました。そして、儀式に参加していたと思われる召喚師さんの遺体…サイジェントにいってガゼルさんやエドスさんと出会ってここに戻ってくるまでにすべてなくなっていました。あの場にリザディオさんが居たのは偶然ですね。もし彼らが食べたのだとすれば血の跡が残るはずです。でもそれはなかった。遺体をどこかへ運んだとしか考えられません。私がその場を離れた僅かな時間の間にそれだけの事が可能だとすればやはり組織がかった儀式であると考えるのが普通だと思います。」

カシスはただ黙って真奈の意見を聞いていた。ミューはこれからどうなるのか不安でドキドキしているようだ。

「次にカシスさんの行動。私たちを…いえ、私を監視していましたね。ミューさんを召喚した時、カシスさんは私にサプレスの適正があることを知っていた。召喚師なら魔力の流れでわかるとおっしゃっていましたが、もしそうならば私が3つめの適正を示した時の驚きように説明がつきません。」

確かに、適正が分かるのであれば適正の数もわかるはずだ。

つまり、真奈がサプレスの召喚術を使う所を見ていた、という事になる。

「たまたま見かけただけって可能性は?」

「有り得ますね。まぁ、サイジェントの住人でないカシスさんがサイジェントのスラムを偶然通り掛かることがあれば…ですが。」

「なるほどなるほど、確かにそりゃ無茶な状況だわ。」

カシスはうんうんと頷いて見せた。

「…完敗ね。昔から分かってたけど、あたしってドジなところあるから、結構証拠残してたみたいね。」

言いながら苦笑いして見せた。

それは悲しい笑顔に変わる。

「…マナにだけは…疑われたくなかったな…」

驚いたのは真奈の方だ。

「疑ってないんかいませんよ。ただ、いつも元気なカシスさんでいて欲しいから、隠し事とかあってなにか不安とかを抱えているのであれば、なんとか力になりたいと思っただけです。」

「…へ?」

今度はカシスが驚く番だった。

隠し事をしていた事を白状したのに、当の真奈はカシスの事を心配していただけだったのだ。

「私だって、人には言いたくない過去とかありますし、無理に聞き出すつもりはありませんけど、できればカシスさんにはいつも笑っていて欲しいんです。」

「マナ……なんかそれってあたしがアホっぽく聞こえるんだけど…」

「わ、そんなつもりはないんですよぅ。」

真奈が慌てて手をバタバタさせると、カシスはそれをみてコロコロと笑う。

「冗談だよ、冗談。でも、マナってほんと、バカがつくくらいお人好しだよね。」

そう言った時、短剣が真奈の首元に突きつけられていた。

持ち主はカシスだ。

カシスはさっきまでの険しい表情で言う。

ミューはもう、一体どういう事になるのかビクビクものだった。

「あたしの目的がマナの命…だとしたらどうする?」

「差し上げますよ〜。」

いつもの調子であっけらかんと答えた真奈。

カシスはまたキョトンとしていた。

「カシスさんが私の命を奪うとすれば、それはよほどの事情があることだと思うんです。できればそう言う事体にはなってほしくないですけど、それでもカシスさんがそう決断したのであれば、私の命を差し上げますよ。」

「どうしてよ…どして他人のあたしの為にそこまで言えるのよ!?」

「カシスさんを信じていますから。ミューさんやタケシーさんが私にサモナイト石を預けてくださったように、私もカシスさんに命を預けます。それくらい大切な友達なんですよ。…もっとも、私にはサモナイト石がありませんからあくまで口約束になりますけど…。やっぱり、信じられませんか?」

困ったように眉をひそめる真奈。

カシスはふいっと背中を向けた。

その肩が微かに震えている。

「信じるに…決まってるじゃないっ!」

(本当に…お人好しなんだから…)

頬を伝う熱い雫を袖で拭き取ってしばらく風を感じていた。

こんな心地いい気持ちになれたのは何年ぶりだろう。

…いや、きっと生まれて初めてだろう。

カシスの心の中の暗闇が少しずつはれていく気がした。

同時にそれは心にできたわだかまりが大きくなっていく事を示していた。

心に浮かんでいた『任務』という言葉を少しずつ覆い隠していくように…。

「うみゅ〜♪」

剣呑な雰囲気がなくなったことを察したミューが真奈とカシスの手を取って

「仲良しがいちば〜ん♪ケンカは2番〜♪」

意味不明な歌を歌っていた。

「…マナ…今は何も聞かないで…。いつか、全部白状するから。組織が考えているワルダクミを全部…。今はまだ…決心がつかないから…。」

真奈に背を向けたまま、カシスはしぼりだすような声でそう言った。

「…はい。でも、一つだけ約束して下さい。一人で苦しまないで欲しいんです。私やミューさん…フラットのみなさんは友達ですよね?仲間であり、家族ですよね?だから、あなたがもっている不安や悩みは相談して欲しいんです。あなたの力になりたいから…」

「わかった。約束するよ。」

クルリとまわって真奈に顔を見せた時、今までにないくらい自然な笑顔を見せてくれていた。

真奈もミューもとてもうれしい気持ちになる。

今、初めて本当の友達になれた気がしたから。

「それじゃ、帰ろうか!まだ日も高いから、アルク川のほとりでお昼寝でもしていこ♪」

「うみゅみゅ♪お日様があったかくてね、ふにゃ〜ってなるんだよぉ♪」

ミューが嬉しそうに率先して歩き出すと、それに続いて真奈が歩き出した。

最後にカシスはクレーターの方を一度振り返ってから二人の後を追って走りだす。

一塵の風が砂ぼこりを舞い上げ、髪をさらりと掻き上げた。

ノイズが走ったような心の中で誰かに向かって言う。

(マナは絶対に殺さない。例え誰を裏切る事になっても…。あたしの初めての親友だからっ!)

その時、ノイズの様な砂ぼこりの向こう側で一人の男がにやりと笑っている事にカシスも真奈もミューも…気付くよしもなかった。




今、運命の歯車がゆっくりと動き始めていた…

次回 サモンナイト紅田Ver第7話
ミニス・マーン

いきなり弟子入りを志願してきたミニスさん。
しかし、金の派閥の教育により私たちと全く逆の価値観を持っていた彼女は涙の跡を残して走り去っていく。
一方、アルゼルさんが封印されるに至ったいきさつを聞いた私は、ついにアルゼルさんの封印を解く事を決心するのだった。

次回予告

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