第八話 決断

 

「どうする…マナ?」

カシスが冷や汗混じりにつぶやいた。

「どうもこうも…逃げられそうもありませんねぇ」

できれば戦いたくない。…だが、もう戦いは回避できそうにない。

ならば戦うしかないだろう。とはいえ、勝ち目は限りなくゼロに近い。

つまり、絶対絶命だった。

そのとき、しばらく無言で見下ろしていたアルゼルがフッと笑って言った。

「俺の目的はマナを殺すことだ。だが別の誰かが殺してくれるのであればそれで構わない。俺はここで傍観させてもらおう。」

どうやらしばらくは攻撃してくるつもりはないようだ。

それだけでもかなり助かる。

「言ってることは縁起でもないんだけど…今はそれを信じさせてもらうことにするわ。…それじゃ、イムランとガルマザリアだけに集中できるわけね。で、マナ、何か手はあるの?」

「ありません♪」

「そうだと思ったわ」

さすがにもう慣れてしまったのか、カシスはこけなかった。

相手を警戒しつつ回りを見回すが役に立ちそうなものはなにも見つからない。

「対召喚士戦のセオリーとしては召喚士を速攻で攻略すること…でもミューを凌ぐスピードを持つガルマザリアを相手にそれができるとも思えないし…」

「でも、私たちの力ではガルマさんを足止めすることなんて無理ですしねぇ…」

まるで他人事のようにニコニコしながら言う真奈を少しだけ恨めしそうに見て、カシスはさらに周りを見回す。

「まったく…その呑気さを少しでも分けて欲しいわ。…とりあえず防戦ならばなんとか渡り合えるから向こうもしばらくは攻撃を仕掛けてこないはず。なにか作戦を考えなきゃ…!」

「できればガルマザリアさんも攻撃したくないですね…以前助けてもらったことがありますし。」

そんな甘いことを言っていられる状況でないことは真奈も承知していたが、それでも割り切ることができないのは真奈の長所なのか短所なのか…。

そのとき、真奈が電撃的に閃いた。

「逆転ホームランですっ!ミューさんの速さでガルマさんを撹乱してもらって、その隙に私たちでイムランさんに攻撃を仕掛けるのはどうでしょうか?」

「うみゅ!わかった!!」

「どうでもいいけど、ホームランって何?」

野球というスポーツがないリィンバウムの人間にはホームランなどという言葉は初耳だったらしい。

が、今そーゆーツッコミを入れてる場合か?

なんだかんだで、真奈ののんびり具合が移り始めているカシスだった。

「ミューさん、私の魔力を使ってください。」

ミューのサモナイト石を握り締めて魔力を送り込んだ。

ミューは以前のタケシーのようにパワーアップするはずだ。

「うみゅ!ありがとう!いくよぉ!」

ミューの声と同時に作戦開始。

ミューがガルマザリアに攻撃を仕掛けた瞬間に真奈とカシスはイムランめがけてダッシュした。

「ふみゅっ!!」

ミューはガルマザリアの周囲を走り回って意識を撹乱させる。

一瞬できた隙に攻撃をしてまた離れるという一撃離脱作戦でガルマザリアを翻弄していた。

真奈の魔力を送った甲斐があってミューの速さはガルマザリアを完全に圧倒している。

「ミューさん、いい感じですね。」

「そうね。ところでホームランって何?」

…という会話ができてしまうほどイムランは離れたところに位置していた。

まぁ、召喚士としては常套手段ではある。

危険な前線には召喚獣を、自分は安全な後方で戦況を見守る。

そのための召喚術でもある。

真奈とカシスがイムランに到達するまであと数秒というところまで達したとき、ミューとガルマザリアの戦いに変化が見られた。

一撃離脱でガルマザリアを圧倒していたはずのミューだったが、ほんの一瞬の隙を衝かれて手痛い反撃を受けていた。

ミューの鳩尾にガルマザリアの肘が見事に決まっていたのだ。

ミューのスピードが速かった分、その威力は何倍にも増幅されている事だろう。

低くうめきながら、ミューは地面に倒れこんでしまった。

その瞬間、ガルマザリアはイムランの元へ向かう真奈たちの背後に姿を現す。

間髪いれずに振り下ろされた大剣の腹を押しのけながら、真奈はガルマザリアの腕をつかんで巻き込み投げを放つ。

地面に倒れたガルマザリアの腕をつかんで関節技を極めながらカシスに向かって言った。

「私の方でしばらく時間を稼ぎますから、後はお願いしますね〜」

「わかったっ!真奈、気をつけてね!」

「はいは〜い♪」

真奈がそう答えたとき、肘関節を極められたままの体勢でガルマザリアが立ち上がる。

これにはさすがの真奈も驚愕していた。

「そんな事をしたら折れてしまうこと…わかっているはずなのに!?」

ガルマザリアの肘は不自然な方向に曲がっていた。

普通ならば激痛が走ってこうのような行動は取れないはずだった。

が、ガルマザリアは平然とそれをやってのける。

「…誓約で意思がなくなっているように…痛覚もないというわけですか。」

つぶやきながら俯いて軽く前髪を掻きあげた。

「酷過ぎる…これじゃ…道具じゃないですかっ!イムランさん、こんなひどいこと…もう止めて下さいっ!」

真奈がイムランに向かって叫んだ。

いつものほほんとしてる真奈がここまで感情をあらわにすることはとても珍しい事だ。

が、タイミングが悪すぎる。今は戦闘中なのだ。

真奈の意識が完全にイムランに向かった瞬間にガルマザリアの拳が真奈に襲い掛かる。

何とか身を引いてそれを回避したがその隙にガルマザリアの蹴りが真奈の両足を払っていた。

真奈が支えを失って盛大に尻餅をついた時にはガルマザリアの大剣が真奈に向かって振り下ろされていた。

「マナッ!」

カシスが立ち止まって振り返った。

真奈はかろうじてガルマザリアの攻撃を回避していた。

「私はなんとかできますから、早くイムランさんを!」

「分かった!もう少しだから頑張っ………!?」

カシスの言葉を中断したのは凄まじい轟音だった。

地面を突き破って巨大な物体が姿を見せる。

それは巨大なザリガニのような姿をしていた。

「くくく…サプレスの中級召喚術【エブロスター】!本来は拠点防衛用召喚術だが、応用次第ではこのように奇襲攻撃用召喚術としても利用できるのだよ。」

ガルマザリアとの戦闘中に仕掛けておいたのだろう、エブロスターは両腕の巨大なハサミでカシスを捕らえていた。

「ちょ…洒落になってないって、コレ!!」

何とか脱出しようとじたばたして見るが、そうすると余計に力を加えてくる。

自力での脱出は無理そうだった。

「どうだ、ミニス。召喚術は道具として使ってこそ初めて真価を発揮する。奴らの護衛獣がそこで寝ているのがその証拠だろう?」

イムランがあごで示した先には、ミューが未だに横たわっていた。

すばやさで相手を翻弄するニャーマン族はただでさえ打たれ弱いという欠点を持っているのだ。

更にミューのスピードとガルマザリアの力が相乗効果となってミューに襲い掛かったのだから、そう簡単には回復しないだろう。

「カシスさん!」

駆け寄ろうとした真奈は背後からガルマザリアの攻撃をモロに受けて地面に突っ伏した。

「くくく…。見るがいい、ミニス。召喚士が召喚獣と共に前線で戦うなどナンセンスだ。それがこの結果なのだよ。」

ガルマザリアに踏みつけられて身動きを封じられた真奈と、エブロスターのハサミに捕らえられているカシス。

勝機はほとんどゼロだ。

「…叔父様の言うとおりだと思う…でも…」

ミニスが真奈とカシスを交互に見つめる。

その瞳はとても悲しそうだった。

「ふむ…まだ納得できんようだな。ならば敗北の先にあるものを教えてやろう。」

イムランがパチン!と指を鳴らすとエブロスターは更にハサミに力を加えてきた。

「くっ…ああっ!!」

カシスが苦痛に顔を歪ませる。

エブロスターのハサミは先の部分以外は刃物ではない。『切る』というよりも『潰す』を目的としているのだ。

そしてその力は岩さえも砕けるほどのものだった。

カシスは自分の周りに魔力で障壁を作りエブロスターの力をかろうじて分散させていたのだがそれも限界に近づいていた。

「戦いに敗れるということは即ち死ぬということだ」

空中で傍観を決め込んでいたアルゼルがすっとミニスの横に降り立った。

「己の生に貪欲な人間は、自分が安全な場所に居ながら戦闘に参加する技術として召喚術を開発した。その人間が…なぜ召喚獣と共に前線にでるんだ?」

アルゼルの言葉は危機に瀕しているカシスに向けられていた。

「…あたしもね…こーゆーのってナンセンスだと思ってたよ。…でも、ほっとけないでしょ?真奈もミューも友達…なんだよ?二人が命賭けてるのに自分は安全なところで高みの見物なんて…そんなことして守った自分の命なんて…なんか情けないじゃない!」

カシスが作り出した障壁に亀裂が入り始めた。もう長くはもたないだろう。

「アルゼルさん…貴方は人間を憎むといった。確かに利己的な…身勝手な生き物かもしれません…。でも…人間にはまだ…人を思いやる心が…そういう優しい『情』があるんですよ。」

(アルゼル…確かに人間を召喚術を使い始めたわ。私たちの仲間も彼らに道具のように使われ始めた。でも…でもね…)

母の…アルミネの言葉がよみがえってくる。

その昔、人間が召喚術を使い始めた時、たしかにアルミネとそう話したことがある。

(人間はまだ大切なものを守りたい気持ち、愛情をもっているの。…それを完全に失っている人もいるけどね。)

(人間が持っているほんの一握りの感情の為に…貴女は召喚兵器となったというのか!?)

アルゼルはそれでもアルミネの気持ちは理解できない。

彼自身、その人間の一握りの感情を感じたことはない。

そんなものの為に自分の身をささげたアルミネの気持ちなど到底理解できそうもなかった。

その時、一人苦悶するアルゼルの隣に居たミニスは決心したように走り出した。

「ミニス、何をするつもりだ!?」

「確かに、叔父様の召喚術は戦いにおいて有効かもしれない。でも…私はマナさんの召喚術のほうがいい!だって…私は…やっぱり召喚獣とはお友達になりたいもん!」

真奈の近くに散らばっていたサモナイト石の一つを拾い上げて魔力を送った。

ミニスはほとんど無我夢中で自分が拾ったサモナイト石が緑…メイトルパのものだったことに気付いてはいないのだろう。

「そのサモナイト石はミューさんの…」

「この愚か者がっ!マーン家のお前がメイトルパの召喚術など使えるわけがあるまい!」

真奈の言葉をかき消すように、イムランがヒステリックに叫んだ。

同時に、真奈を踏みつけていたガルマザリアが大きく吹っ飛ばされていた。

回復するまでに時間がかかるはずだったミューが、ミニスの魔力で一気に回復していたのだ。

ミューが、吹っ飛んだガルマザリアに追い討ちで蹴りを放つと、ガルマザリアはそれを受け止めて反撃を放つ。

組み合った形になってお互いに身動きが取れなくなった。

「うみゅみゅ!お姉ちゃん、今のうちにカシスお姉ちゃんを!」

「はい!」

とはいえカシスを助ける策がある訳ではない。

真奈の技はすべて対人間戦の為にある技術で、人型ですらないエブロスターに有効な技など何一つ持ち合わせていないのだ。

「カシスさんってなにか召喚術使えないの!?両手が自由なのに!」

ミニスの言葉ではっとする。

確かに召喚術を使えば切り抜けられるかもしれない。

でもカシスがこれまでに見せた召喚術はプチデビルのみ。

とてもエブロスターを倒せる威力はないと思えた。

これだけ巨大な敵を倒せるほどの威力を持つ召喚術…タケシーの電撃ならばあるいは…。

でもここからでは遠すぎるし、近づこうとすればイムランは容赦なくエブロスターにカシスを殺させるだろう。

「…いちかばちかっ!カシスさん!!」

カシスに向かってタケシーのサモナイト石を放り投げた。

なんとかキャッチしたカシス。

「これは…あたしに使えるの!?」

「大丈夫です!カシスさんの優しさ…きっと分かってくれます!」

真奈の根拠が薄いと思われる自信が妙に心強かった。

「このまま死ぬのは無駄死にだからね…お願いっ!」

サモナイト石をぎゅ!っと握り締めて魔力を送り込む。

すると凄まじい閃光と共にそいつが姿を現す。

丸い姿のそれはまさしくタケシーだった。

「本当に来てくれた…」

自分で召喚したカシス自身が一番驚いている。

まさか自分が真奈と同じ【誓約を行わない召喚術】を使えるとは思っても見なかったからだ。

「お前…好きくないけど助けてやる。」

「あたしも好きくないけどね(さんざん稲妻くらったし)でも…頼りにしてるわよ!」

いいながら更にサモナイト石に魔力をさらに集中させる。

そっちに魔力を使った分防御障壁がどんどんもろくなっていた。

亀裂が障壁全体に広がったとき、

「もう…限界っ!!」

カシスが叫んだ瞬間に轟音が轟く。

ズガガガガガガガッ!!

電撃がエブロスターを貫く。

たった一撃でエブロスターを撃破していた。

ハサミから開放されるカシス。

「さっすがタケシー!」

「えっへん」

カシスに褒められてえらそうにふんぞり返るタケシー。

「ところでさ…あたしってばこの高さから落ちたらどうなるんだろ?」

「…あ…」

地上5メートルくらいの高さから落下するカシスとタケシー。

浮遊できるタケシーはともかくカシスは大変なことになりそうだった。

「わっわっ!カシスさん!!」

落下地点を予測してあたふたする真奈。

だが、カシスは落ちてこなかった。

意外なことに、アルゼルが空中でキャッチしていたのだ。

アルゼルはそのままゆっくりと地面に着地した。

「あ…ありがと…」

お姫様だっこされたままカシスがお礼を言う。

その表情は未だ驚いている。

「いや…いい。」

カシスをおろしてからフッと笑う。

「お、おのれぇ!ガルマザリア、まとめて叩き伏せろ!!」

イムランが指示を出す。

カシス、真奈、アルゼル、ミニスがいるところに剣を構えて飛び掛ってくるガルマザリアだが、剣を振り下ろす前にガルマザリアの姿は消えてしまう。

一瞬早くミューがイムランに攻撃を仕掛けていたのだ。

「うーん。ガルマザリアがあたしたちに攻撃したらミューが自由になるってこと忘れてたのね。」

鋭い一撃を受けて気を失っているイムランを哀れむように見おろしてカシスがいった。

真奈もイムランを見おろしながら

「ミニスさん…」

つぶやくように言った。

「…イムランさんのおでこにニャンコさん書いてもいいですか?」

うずうずしながらネームペンのキャップをぽん!とはずしている。

「そ、それは止めたほうがいいと思う。叔父様、おでこのこと気にしてるから。」

「まー、結構コンプレックスだろうねぇ」

カシスはくすくすと笑っていた。

「あ、マナさん、これを…」

ミニスが差し出した手には緑のサモナイト石が握られていた。

「ありがとうございます。おかげでミューさんの怪我も治ったみたいですし。」

サモナイト石を受け取ってぺこりと頭を下げる。

「うみゅ。ミニスちゃん、ありがとー♪」

「う、ううん、いいの。ただ叔父様のやり方が好きじゃなかっただけから…。」

イムランを見おろしているミニスの横顔はとても10歳とは思えない悲壮感を漂わせていた。今まで尊敬していた叔父を初めて裏切るようなことをしてしまった自分。

自分にそこまでのことをさせたイムラン。

以前、真奈に『叔父様のような立派な召喚士になりたい』と言ったミニス。

その思いが100%真実ではないにせよ、心のどこかで目指してはいたことだったのに…。

「さてと、イムランさんを安静にできる場所へ連れて行かなければいけませんね。カシスさん、ミューさん、ミニスさんと一緒にお家に連れて行ってあげてくれませんか?」

「え?それはかまわないけど…マナはどうするのよ?」

カシスがきょとんとして聞き返した。

真奈はいつものようにニコニコしながらアルゼルの方に向き直って

「私は…決着をつけなければなりませんので。」

言った。

同時にカシスとミューが驚いたような声を上げた。

「あんたね、またあたし達を無視して一人でアルゼルと戦うつもりなの!?」

「いえ。でもイムランさんを放って置いたらきっと目を覚ましてから攻撃をしてきますし、できれば家に帰っていただきたいので。でもアルゼルさんもこれ以上待たせるのは失礼ですしね。」

いってまたニコリと微笑んで見せた。

「いや、俺はしばらく戦う気はない。」

「ふえ?」

「まずはそこのガキに召喚術を教えてやれ。」

突然話を振られてあせったのはミニスだ。

アルゼルたちの会話には無縁と思っていただけに自分の名前がでてくるなんて予想だにしていなかった。

「俺はその間に人間を観察してみようと思う。お前たちが言った『人間の情』がどの程度のものか…見極めてやる。」

「そうですか…きっとすばらしいものだと思いますよ。」

言って、真奈は嬉しそうに微笑んでいた。

「えっと、つまり、アルゼルとはもう戦わなくていいって事?」

カシスがほっとしたようにため息をつきながら言うと、アルゼルはにやりと笑って

「しばらくは…だがな」

威圧的に言った。

カシスが驚いて身を引くとアルゼルは声を殺して軽く吹き出した。

そしてカシスははっとする。

(か、からかわれた…!?)

カーッと頬が赤くなるのが分かる。

真奈はそんな二人の様子をほのぼのと眺めていた。

二人のやり取りがとても仲良しさんに見えたらしい。

そのあと、イムランをマーン家宅に連れていくとキムランが姿を見せた。

キムランに事情を説明してミニスの身の回りの物をかばんに詰めて今度はフラットのアジトへ。

猛反対すると思っていたキムランは驚くほどあっさりとミニスを行かせてくれた。

「ミニスがそうしたいってんならやってみろ。おめーら、ミニスを頼んだぞ、あぁん?」

キムランはそう言った。

頼まれているのか威圧されているのかいまいちよく分からないが、ミニスの事を案じて心配もしているということは良く分かる。

マーン家がある高級住宅街からスラムへ行く途中、ミニスがどこか緊張していることに気付いてカシスが声をかけた。

「どうしたの?」

「へ!?別にどうもしないけど…やっぱりお菓子折りでも持っていかないと失礼かな?」

「は?」

「お、お肉の詰め合わせとかサカナモドキとか…あ、ジャガモドキなんて汎用性が高くていいかも!」

話すたびにミニスの視線は忙しくぐるぐる回り始めた。

どうやらこうやって他所の家に泊まりに行くのは初めてのことらしい。

「てゆーか、モドキってなによ、モドキって…」

カシスが極めて冷静に突っ込む。

「む…となると俺もなにか土産の一つでも持っていったほうがいいのだろうか…。」

アルゼルも持っていくものをぶつぶつと考え始める。

「あの、お二人とも別に気にする必要はありませんよ。私だっていきなりでしたけど快く迎えていただきましたし。」

真奈が二人を落ち着かせるように言った。

そのあとでミューが思い出したように

「でも、リプレお姉ちゃんってお客さんがくると緊張するよね。」

言うとカシスがそれに同意する。

「あー、それはあるわね。あたしやマナみたいな一般人ならまだしも、貴族様と天使様だもんね。緊張しまくるかも。」

ケタケタと笑うと、困ったように顔を見合わせるアルゼルとミニス。

そんな二人を見て軽く笑ってから真奈が言った。

「大丈夫ですって。リプレさん、順応性高いですから。」

確かにスラムの一角にある孤児院跡地に召喚士が二人、召喚獣が一人住んでいる時点で常識的に見れば異常なのである。

その事態に対応しているあたり、順応性が高いことは間違いないだろう。

そうこういっているうちにスラム街に差し掛かる。

そこまでくればアジトはすぐだった。

「ん?君は…」

ちょうど帰宅途中だったレイドと遭遇する。

レイドはアルゼルを見てさっと身構えたが、真奈たちが一緒に歩いていることに気付いて剣を納めた。

「話がついた…そう考えてもいいのかな?」

レイドの言葉にアルゼルが答える。

「ああ。しばらくは休戦だ。」

「しばらくは…か。そのしばらくが永遠に続くことを祈るよ。」

レイドがそういうと、アルゼルは軽く微笑んだ。そんな二人の様子をみてカシスはほっと胸をなでおろす。第一の関門を突破できたからだ。だが、次の関門は少し厄介だった。

ガゼル…打ち解けてみればいい仲間だが、敵に対してはとことん排他的になれる男。

彼に一度敵視されているアルゼルは受け入れられないかもしれない。そしてミニスは貴族で召喚士でさらにマーン家の人間だ。

この孤児院を潰したマーン家を憎んでいるであろうガゼルはミニスを受け入れてくれるだろうか?しかし、そんな心配も杞憂に終わる。

孤児院つぶしのことに関してはミニスが行ったわけではないし、子どもに罪がないということはガゼルも良く分かっていることだし、アルゼルに対しては親を失っているところで共感ができるのだろう。

真奈たちに案内されてアルゼルとミニスは応接間兼食卓に通される。

突然の客の来訪にあたふたしながらリプレがお茶とお菓子を持ってきた。

「お口に合うか分かりませんけど…」

視線が泳いで目がぐるぐる回っていた。

今にもひっくり返しそうな手つきがなかなかにスリリングだ。

大方の予想通りの反応に、カシスとミューが吹き出した。

家庭的な人間の家が珍しいのか、アルゼルが部屋をきょろきょろと見回しているとガゼルと目があった。

その特徴的なおでこと八重歯を見て思い出したようにカシスとガゼルを見比べてみた。

アルゼルは何かを思いついたらしくポンと手を叩いてから、目を見合わせてきょとんとしている二人に向かって言った。

「なるほど、お前たちが有名なバカップルか。」

同時にずっこける。

「誰がバカだっ!」

「てゆーか、誰がカップルよ!?」

否定する割にはタイミングが合いすぎていたのだが、アルゼルはあえてそこを黙殺して話を続ける。

「いや、お前らが仲良く貴族にいたずらして夕食を抜きにされたアホコンビだと聞いたぞ?」

「聞いたって…誰によ?」

アルゼルはきょとんとしたまま真奈を指差している。

真奈はびくっとして急に立ち上がると

「そういえば、私まだ宿題の途中でした〜」

などとわけの分からんことを言いながら部屋を出ようとする。

「マナちゃん、ちょっとお待ち。」

後ろから肩をむんずとつかまれて立ち止まる。

ものすごい殺気を感じられた。


「人が聞いていないところでバカップルとかアホコンビとか言ってくれたわけね?」

「あわあわ…私そんな言葉は使ってませんよぅ。」

「ああ、そこんところは俺のアレンジ。」

「そうそう、そうなんですよ。私はただ、その日楽しかったことを報告しただけで…」

「って、報告することないでしょ!?こんな恥ずかしいだけで面白くもなんともない話を!」

「いやいや、なかなか笑わせてもらったぞ。ずっと井戸の中に封印されていたからな。笑い話には縁がなかったし。」

言いながらアルゼルはかっかっかと笑う。

そんな姿をフラットの面々はきょとんとして見ていた。

「クールな人かと思ったけど、結構騒がしい人ね。」

とリプレ。

エドスは軽く吹き出しながら

「にぎやかになりそうでいいじゃないか。」

言った。

逆に意外だったのはミニスだ。

もっと騒がしいキャラクターかと思いきやおとなしくお茶をすすっている。

お上品にカップを置いててからお澄まししているミニスにフィズが声をかけると、ミニスは飛び上がりそうなほどビクッとしてフィズの方を見た。

逆に驚いて唖然としているフィズにミニスが声をかける。

「な、なにか用?」

「あ、うん。上流階級の子どもって普段どんな遊びをしてるのかなーって思って。」

「えとね…一日の半分は派閥の教育機関で召喚術の基礎理念を学んでいるから遊ぶ暇はあまりないの。」

「…へ?」

難しい言葉の連発にフィズが言葉を詰まらせる。

ミニスはそんな様子に気付かないようでさらに言葉をつなげた。

「マーン家はサプレスの家系だから霊界召喚大原則から始まってサモナイト石による召喚基礎講座や新規召喚誓約儀式における注意点を云々…」

更に飛び出した理解不能な言葉が決定打となったようでフィズは目を回しながらばたんと倒れた。

ミニスはそれに気付かずにさらに言葉をつなげていた。

「こらミニス。緊張しすぎよ?」

カシスかミニスを軽く小突いてウインクしてみせる。

正気を取り戻してハッとするミニス。

カシスにはミニスの気持ちがよく分かった。

子どもの頃から召喚術の教育を施され、遊ぶ時間などほとんど皆無。

同年代の友達などあろうはずもない。

そのほとんどは競争相手となるのだから。

そんな立場にいたのにいきなり家庭的なこの環境になじめるものではない。

実際、カシス自身なれるまでは緊張の連続だったのだ。

それは真奈も同じだった。

「それにしてもよー。」

不意にガゼルが言った。

「マナ、初めて会ったときと比べていろんな顔するようになったな。」

「おお、そういえば」と、エドスも思い出したように納得した。

「わしらと初めて会ったときは、笑っている顔以外滅多にお目にかかれなかったな。」

それが今では焦った顔や時折いたずらっぽい笑顔も見せるようになった。

真奈が本当に打ち解けてくれたみたいで妙に嬉しかった。

「少し図々しくなったみたいで、申し訳ありません。」

ぺこりと頭を下げる。

「いや、誤ることなどなにもないよ。遠慮なしに打ち解けてもらえるとこちらも嬉しいしね。」

レイドがそういうと、真奈は笑顔をもってそれに答える。

それから夕食を済ませてそれぞれの部屋へ帰っていく。

アルゼルはレイドの部屋の隣の空き部屋を割り当てられ、ミニスはカシスと相部屋になった。同じ召喚士同士で話も合うだろうし、すでに打ち解けているカシスと仲良くなることができれば、ミニスもすぐに打ち解けることができるだろうとの配慮だった。

マーン家当主の娘として箱に入れられて育ってきたミニスは、今こうしてまだ見ぬ世界へと足を踏み入れるのだった。

今、運命の歯車がゆっくりと動き始めていた…

次回 サモンナイト紅田Ver第9話
動き出した闇

一緒に暮らす事になったミニスさんは今日も召喚術の練習に明け暮れる。
私もなんとかサポートしようとするけど、基礎知識がないので全てが手探り状態だった。
大変だけど平和…そんな日々は不意に崩れ去る。
カシスさんが恐れていた『組織』がついに動き始めたのだ。
敵の気配を知ったカシスさんは単身、組織との接触を図る…。

次回予告

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