第六話 ミニス・マーン

「…はい?」

真奈がきょとんとした表情で言った。

ある昼下がりの事だ。

フラットのアジトに一人の高貴そうな少女が訪れた。

彼女の名はミニス・マーン。

あのお花見の時に出会った少女である。

なんでも、彼女は未だに召喚術が使えない事にコンプレックスを持ち、より優秀な人に指示を仰ぎたいのだそうだ。

真奈を見つけるなり開口一番

「召喚術を教えてくださいっ!」

これでさすがの真奈も動揺してしまったという訳だ。

ミニスの事情も話してもらったが、真奈自身召喚術の理論などまったく理解していないのが現状だ。

それに、真奈の召喚術は他の召喚師に言わせれば邪道なものである。

人に教えてくれといわれてあっさり教えるなど、神様が許してもカシスが許さないだろう(たぶん)。

「あの、私は召喚術のノウハウすら知らないんです。」

真奈にそう言われて落胆の色を隠せないミニス。

なぜか真奈は罰の悪さを感じていた。

「あの、どうして召喚術を覚えたいんですか?」

何気ない一言がミニスを詰まらせた。

幼い頃から召喚師になる事を義務付けられていたミニスには『召喚術を覚えたい理由』なんて考えた事もなかったからだ。

いや、あるにはあった。だが、それは他の召喚師から見れば異端な動機であり、実に馬鹿馬鹿しい事。

周りからそう言われるうちに、ミニス本人もその『理由』を馬鹿馬鹿しいものとして自分の心の奥底に封印してしまったのだ。

そんなミニスが真奈の問いに対して発した答えは

「あたしは叔父様やお母様のような立派な召喚師になりたいの。そのためには召喚術を覚えないといけないのよ。」

というものだった。

凛として答えたミニスを残念そうな表情で見つめる真奈。

「それでしたら、私よりもカシスさんに聞いて下さい。私の召喚術は根本から違うみたいですから。」

傍観者を決め込んでいたカシスは面倒事はゴメンとばかりに手に持っていた本を読み始めた。

ミニスは真奈の言葉に首をかしげる。

「召喚術ってそう何種類もあるの?」

ミニス自身、そう言う話を聞いたのは始めてなのだろう。

興味深々といった面持ちで質問する。

「よく分からないんですけど、私は誓約と言う物をしていないんですよ。」

「ええ〜〜!?だって、こないだは叔父様のタケシーを二重誓約したじゃない!?」

「ぎゃみんぐ?なんですか、それ?」

ミニスはガクっと肩を落とした。

この人は本当に召喚術に対して無知なのだと悟ったからだ。

そもそも、誓約をしていないと言うのがなんと非常識な事か。

こんな人に指示を仰ごうものなら金の派閥の大御所マーン家の名に泥を塗る事になってしまう。

ミニスは真奈から召喚術を学ぶのを諦めてその場を去ろうとした。

そこである疑問が浮かび上がった。

「なんで誓約をしないの?」

誓約すること自体はそう難しい事ではない。

つまり、召喚術が使えるのであれば誓約もできて当然なのだ。

それなのにあえて誓約をしない意図はどこにあるのだろうと思った訳だ。

「それは、異世界の方にも『意思』が存在するからですよ。そんな方の意識を封じて意のままに操るなんて、私は嫌いです。」

「だったら、召喚術なんて使わなければいいじゃない。」

「そうですねぇ、でも、どうしても必要な時もありますよね?先日のバノッサさんとの戦いの時は、タケシーさんが力を貸してくれると言ってくださったので召喚させていただきましたし。」

自分が召喚術を使ったときのことを一つ一つ思い出しながら淡々と語る真奈。

「ちょっと待って。『タケシーさんが力を貸してくれると言ってくださったので』って…召喚してもいないタケシーとどうやって会話したの?」

ミニスが真奈の口調を真似しながら言った。

確かに、その場に存在しない者と会話するなど普通は考えられないことだ。

「それはですね、このサモ…」

真奈はそこまで言いかけてからハッとして口をふさいだ。

サモナイト石に関する情報はトップシークレットだからだ。

まさかこんな年端も行かない子どもが真奈のサモナイト石を狙っているということはないだろうし、今までのミニスの態度にはそんな様子はなかった。

いつもの真奈ならばペラペラとすべてを説明しているところだろうが、このサモナイト石に関してだけは問題が違う。

これは誓約(契約と言うべきか)をしているミュー、タケシーの命取りともなりえるものだから、迂闊なことをするわけにはいかないのだ。

急に言葉を止めた真奈を、ミニスは怪訝な視線で見つめていた。

「えーと…ですねぇ…。」

もともと口が達者な方ではない真奈は返す言葉に困って視線をあっちこっち泳がせる。

そんな真奈をより一層、不審な目で見ながら、ミニスがずいっと詰め寄った。

さらにあたふたする真奈。

見かねたカシスがポンとミニスの肩に手を置いて言った。

「マナの召喚術は特殊だって言ったでしょ?あたしもよくは解からないんだけど、何らかの方法で四界とコンタクトが取れるらしいのよ」

「うー…」

ミニスはそれでも納得しかねるらしくて低く唸っていた。

「でもでも、タケシーといえばサプレスの中でも低級中の低級でしょ?人の言葉なんて理解できるの?」

実際、叔父にあたるイムランが召喚したタケシーと会話しているところなど見たことがない。…もっとも、イムランは召喚した召喚獣とフレンドリーにお話するようなタイプではないが。

「そう思うわよね?でもね、実はちゃんと理解できるのよ。あたしはそれを身をもって知ったわ…」

先日、全身を駆け巡った電撃の感覚が全身によみがえってくる。

カシスはとてつもなく遠い目をしていた。

例のバノッサとの戦いの時の話だ。

「でも、召喚術なんて戦いの道具、召喚士の力量を示すためのものでしょ?戦いに使うのは当然のことじゃない。相手の意思なんて関係ない。そのための【誓約】でしょ?」

「まぁ、普通はそう思うわよね。でも、マナに言わせれば召喚獣はお友達なんだって。」

「お友…達…?」

さっきまで何かと反抗的だったミニスは急におとなしくなってカシスの言葉に耳を傾ける。

「そうそう!召喚士の立場から見ると笑っちゃうわよねぇ!…でも、今なら結構わかるんだ、あたし。」

「わかる…?」

「うん。」

カシスがにこりと微笑んで頷いた時、玄関の方がなにやらにぎやかになっていた。

タタタタタタっ!

板張りの廊下を駆け抜ける軽い足音が近づいてきた。

「うみゅ〜♪ただいまぁ☆」

バタンッ!とドアを開けて、大きな袋をぶら下げたミューが飛び込んでくる。

ちょうど『一人でおつかい』の実習(?)を終えて帰ってきた所のだ。

「ミューさん、おかえりなさい。」

「おかえり〜♪」

カシスと真奈がミューを迎えると、

「うみゅみゅ〜一人でお買い物できたよ〜!」

にこにこしながら袋の中身を一つ一つ取り出して確認する。

カシスはそんなミューを見て軽く吹き出してからちらりとミニスを見ていった。

「ミニスは、ミューを見て【道具】だと思える?」

「でも…召喚術は戦いの道具だって…お金の元だって…」

「そうね。召喚術は道具…あたしもそうだって思ってた。でも、ミューや真奈と出会ってから思ったの。二人は異世界から来た大切な友達だって。」

真奈はいつも通りニコニコと微笑んでいる。

ミューは楽しそうに尻尾をぱたぱたさせながら、カシスに頼まれた召喚術の本を持ってきた。

「カシスお姉ちゃん、この本であってる?」

ミューから本を受け取ってうんと頷くと、ミューはまた嬉しそうに尻尾をぱたぱたさせ、リプレに頼まれた昼食の材料を届けに台所へ行った。

「あたしはサプレスの中でも悪魔系の召喚術しか使えないし、マナみたいに異世界とのコンタクトをとることはできないから誓約抜きの召喚術なんて使えないけど…。あれが本物の召喚術なんじゃないかって思ってるよ。」

「本物の…召喚術…?召喚獣は…友達…?」

「何が本物で何が偽者かはどうでもいいと思いますよ。私にとってはこれが真実ですし、現実にミューさんはお友達としてここに存在しています。私の考えを人に押し付ける気はありませんしね。ただ…本当に異世界の方はずっと以前、対等なお友達だったということ…これは紛れもない真実ですよ。」

「…違うっ!違う違うっ!!召喚術は道具だよ!だってみんな…みんなそう言ったもん!叔父様もお母様も…金の派閥ではそれが【真実】だもん!!」

ミニスはヒステリックにそう叫んで飛び出していった。

残念そうな表情でミニスを見送った真奈が呟くように

「彼女にはまだ早すぎたでしょうか?」

言うと、

「いや、遅すぎたのね…きっと。」

カシスはそう答えて残念そうにミニスが飛び出していったドアを見つめていた…。

 

ミニスが帰った後、真奈は一人でアルゼルの元を訪れていた。

(召喚術士の資格?)

いつもの古井戸の中、唐突な質問にアルゼルは言葉を詰まらせた。

「はい。まだこの世界のことは良くわからないんですけど、召喚術を使うのには何か特別な資格が必要なのでしょうか?」

(俺も人間が決めたルールなど知らん。ただ強力な術だからな。召喚術を覚えるために規制を付けるくらいのことはしているかもしれんな。)

【召喚士の資格】…あの荒野でバノッサがしきりに口にしていた言葉だ。

あのあと、ガゼル達に聞いた話では召喚術は召喚士の家系の人間しか使えないということだった。

それが【資格】なのかと思ったが、カシスが言うには召喚術は誰にでも使えるらしい。

ただし、素質が必要なのだが。

結局、資格とは何を指す言葉なのかはわからなかった。

それでアルゼルに聞いてみようというわけだ。

「カシスさんの話では素質も修行を積むことで得ることができるそうなんです。そうだとするとより一層謎が深まって…」

(素質か…素質といえば、お前はここにきてかなり魔力が高まったな。今のお前なら俺をここから解放することもできるだろう。)

「はぁ…そうなんですか?」

(ああ…だが、お前はそれをしないのだろうな?)

「はい。貴方が人間を滅ぼすと豪語するうちは…あの、以前もお聞きしましたけど…話してはいただけませんか…?」

(…ずっと昔の話だ。

サプレス、ロレイラル、シルターンにはこのリィンバウム制圧を望む勢力が存在していた。

霊界からは悪魔の軍団。

機界からは融機人達、シルターンからは荒ぶる鬼達が次々に勢力を送り込んできた。

人間たちにはそれに対抗する力はなく滅びを待つだけだった。

だが、鬼神、竜神、そして俺たち天使が敵勢力を撃退するためにこの世界へ訪れたのだ。俺たちは人間たちと協力して悪魔たちの撃退にあたった。

だが…人間たちは自分の身を守るために召喚術を編み出した。

俺の仲間たちも意思を奪われ奴隷のように戦わされたよ…。)

「…だから、人間を憎んで…?」

(…それもある。

だが、最も俺が憎んでいるのはそこではない。

調子に乗った人間どもはついに恐るべき計画を実行した。

ゲイル計画…召喚術とロレイラルの機械技術を融合させた悪魔の技術。

対象の意識は機械の制御下におかれ、命令のまま戦う。

痛みも恐怖もない…究極の戦士となる。

その技術は最初、捕獲した悪魔を使って実験が行われていた。

だが、人間の力で捕獲できる悪魔ではたかが知れている。

だから…人間は協力している天使や鬼神たちを実験に使おうとした。

…最初に犠牲になったのは【豊穣の天使アルミネ】。

誰よりも人間を愛し、誰よりもたくさんの悪魔と戦った天使。

…俺の母親だ。)

アルゼルの頬を涙が伝った。

真奈はなんと言葉を掛けていいかわからずに、ただアルゼルの言葉に耳を傾けている。

(協力者であった鬼神や竜神、天使たちは人間を見限り自分たちの世界へ帰って行った。

 俺はある悪魔と協力して召喚兵器を作り出した人間たちに攻撃を仕掛けていた。

 迎撃に出てきたのは母さん…アルミネだった。

 俺は戦いに敗れ、この地に落ちた。

 そこをゲイル計画の中心であり、当時最強の召喚士と言われていたクレスメントの一族に封印されて今に至ると言う訳だ。

 …母さんは強かったよ。

 でも…弱かった。

 母さんの最大の力なら俺は跡形もなく消し飛ばされていたはずだ。

 人間どもは何も分かっちゃいなかったんだ。

 天使の…母さんの力の源は人間との絆だということを。

 人が母さんを信頼し、母さんが人を愛すればそれだけ母さんは強くなる。

 それが豊穣の天使と呼ばれた由縁だったのだ。

 だが、人間が召喚術を覚えてから母さんは自分の意思の外で戦わされた。

 人間との絆がない母さんは普通の天使と変わらない程度の力しかないんだ。

 だから…アルミネの力の衰えと感じた人間は母さんを召喚兵器にした…これが許せないんだっ!

母さんはもっと戦えたっ!

召喚兵器になどされなくても…戦えたんだっ!

いつまでも優しい…暖かい母さんのままでいられたのに…誰よりも強く、誰よりも優しかった母さんを殺戮の道具にした人間を俺は許せない。

…それが、俺が人間を憎む理由だ。)

アルゼルがすべてを語り終えたとき、真奈はある決意を固めていた。

「…人間をすべて滅ぼせばあなたは満足できますか?」

(………)

「…もし、それでアルゼルさんが満足できるのであれば、これから貴方の封印を解除します。」

(!?本気で言っているのか!?)

「…はい。ただし、一番最初に私と戦って頂きますが…」

(………)

「約束して頂けますか?私を殺すまで他の人間を誰一人殺さないと…」

(…いいだろう。一瞬で捻りつぶしてくれる。)

アルゼルの同意を確認してから、真奈はアルゼルを包み込む紫のサモナイト石に触れて魔力を送りこんだ。

パキッ

小さな亀裂が入り少しずつサモナイト石が崩壊していく。

サモナイト石がすべて砕け散った後から、漆黒の翼を背負った一人の堕天使が姿を見せる。

「…はじめましょうか。」

「…本気…なのだな?」

真奈が頷くと、アルゼルは仕方ないとでも言うように、両肩に携えた双剣に手を掛けた。

「一瞬で殺してやるぞっ!」

叫びながら突進する。

居合い。

すれ違いざまに抜かれた剣は真奈の髪を数本宙に舞わせた。

確実に首を狙った剣を真奈は紙一重で交わしていたのだ。

「…髪を切っても、私は死にませんよ?」

「ちっ!」

もう一度突進。

今度は真奈をそれを迎え撃った。

相手の剣を受け流しつつ関節をとろうとするが、アルゼルは一瞬の隙をついて真奈の頭を鷲掴みにして翼を羽ばたかせて天井にたたきつけた。

その勢いはすさまじく、天井を突き抜けて外の世界にへ飛び出していた。

「…馬鹿な奴だ…」

普通の人間ならば頭部が吹っ飛んで死んでしまうだろう。

アルゼルは確認するまでもなく真奈を地面に横たわらせた。

が、傷一つない真奈の顔を見て思わず身を引いた。

金色の瞳がアルゼルを見据え、隙をうかがっている。

「な、なんだ、この魔力は…!?」

真奈のただならぬ殺気を受けながら身構える。

「貴方は…私の大切な人を奪う…この戦いには負けられないっ!」

姿が消え、背後に現れた真奈が鋭い蹴りを放つ。

アルゼルはかろうじて反応するとそれを交わして間合いを広げる。

「ならば、なぜ俺の封印を解いた!?あのまま封印していれば俺は何もできなかったっ!」

真奈はかすかにうつむいて首を振る。

「それでは…あなたが余りに悲しすぎる。」

「くっ!同情などいらん!」

叫びながら鋭い斬撃を放つ。

真奈がそれを受け止めると力比べの体制に入った。

「同情では…ありません!貴方の犠牲の上に成り立つ平和など…意味がないじゃないですか!人間はその業を償わなければならない。でも、このまま貴方を解き放てば無関係の人間まで犠牲になります。だから…できれば私一人の命で満足して欲しい…です。」

「この世界の人間の為にお前一人が犠牲になる…というのか?」

「人間がどのような生き物か…よくご存知でしょう?人間は利己的な生き物。そして私も人間です。見ず知らずに人の為に命を掛けるなんて冗談ではありません。」

「ならばなぜ!?」

「でも…この世界には大切な人もいるんですよ。大切な友達が…家族が…。彼女達を巻き込みたくない。だから…私一人の命で…我慢してはもらえませんか?」

その瞬間、すさまじい衝撃がアルゼルを弾き飛ばしていた。

「…あたしたちの為にあんたが死ぬなんて…それこそ冗談じゃないわよっ!」

「お姉ちゃんがいなくなったら、ミューは嫌だよぉ!」

そこに居たのはカシス達だった。

おそらく騒ぎを聞きつけてやってきたのだろう。

「マナッ!そいつの犠牲の上に成り立つ平和に意味はないって言ったな!?だったら、お前の犠牲の上に成り立つ平和にも意味はねーんだよっ!」

ガゼルが言った。

「それに、君は私たちを大切な家族だと言ってくれたね?同じように、私たちにとっても、君は大切な家族なんだ。」

レイドはすでに剣を構え、臨戦態勢に入っていた。

「マナ…あたしに一人で抱え込むなって言ってくれたでしょ?あんたが一人で全部背負い込んでどうするのよ!?あたしたちは家族で、仲間で、友達だよね!?だから、あたしたちも一緒に戦うよ!」

レイド、ガゼル、エドス、カシス、ミューが完全にアルゼルを取り囲んでいた。

だが、この程度の人間、大天使であり堕天使であるアルゼルには取るに足らない数だ。

取るに足らない数…のはずだった。

だが、何故か攻撃をするのをためらわれた。

「なぜだ…なぜ俺は攻撃できん!?くっ!」

振り払うように首を振って飛び上がる。

「逃げるの!?」

叫んだのはカシスだ。

「冗談ではない!俺が人間ごときに背を向けるかっ!だが…今は見逃してやろうというのだ!」

そういい残して飛び去ろうとするアルゼルに真奈が叫んだ。

「アルゼルさん!約束ですよ!私を殺すまでは…他の人は絶対に殺さないと!」

「…ああ」

返事を返して、アルゼルは遠くの空に飛び去っていった。

 

アルゼルが飛び去っていったあと、カシスはふーっと息を吐いた。

サプレスの召喚術を使うカシスだ。

強がっては見せていても、アルゼルの格の高さは誰よりも実感していただろう。

カシスが使えるどの召喚獣よりも圧倒的に強いアルゼルに勝てる手段など、今の彼女には皆無だった。

勝てる見込みがあるとすれば、真奈の潜在能力のすべてを発揮することくらいなものだろう。

「なんとか、命拾いできたようだな。」

エドスも愛用の斧を下ろして胸をなでおろす。

「ああ。でも、なぜ彼は急に引いてくれたのだろうか?」

レイドがあごに手をあてて考え始める。

ゴツッ!

いきなり真奈の頭に二発キツイ衝撃が走った。

ガゼルとカシスの同時攻撃だ。

「ったく、いきなり物騒な展開にしやがって。」

「あたしたちがどれだけ心配したか解ってんの!?」

言ってぷいっと背中を向ける。

「うみゅ〜〜!お姉ちゃんのおたんちんっ!お姉ちゃんがいなくなったら!いなくなったら…!!うみゃぁ〜〜!!」

本当に真奈が居なくなってしまったときのことを想像したらしく、途中からは言葉にならずに泣き出してしまった。

「わ、わ、ごめんなさい、お願いだから泣かないでくださいぃ〜」

慌ててミューの頭をなでてやるが、一向に泣き止む気配はなかった。

ぎゅーっと抱きしめて優しくなだめるように

「約束します。私は絶対にいなくなったりしませんから。」

言うと、ミューはようやく泣き止んでしゃくりをあげながら聞いた。

「本当に?」

「ええ。本当です。」

優しく微笑むとミューは嬉しそうに抱きついた。

「うみゅ、約束だよ♪」

「はい、約束です。」

真奈は笑顔のまま、ミューをなでてやる。

「みなさんも、ご迷惑をおかけしました。…みなさんが来てくれたとき、本当に嬉しかったです。」

そういってまた会心の笑顔を見せる。

「いや、お互いさまだと私は思う。」

とレイド。それにエドスが言葉をつなげる。

「ああ。お前さんの自分の命をかけてまでわしらを守ろうとしてくれた気持ち、わしも嬉しく思うよ。」

「でもでも!今度同じ事しようとしたら承知しないからね!?」

「はい。約束しますよ。」

そういうと、カシスは納得したようにうんと頷いた。

「おし、話もまとまったみてーだし、アジトに戻ろうぜ。」

ガゼルは情けない音が出たお腹を照れくさそうに押さえながら言った。

「そうだな。マナ、夕食の後にでも、今日のいきさつを話してくれるね?」

「はい。」

そう言ってアジトへと引き返していく。

その日、真奈はアルゼルの過去を話した。

召喚兵器のこともすべて…。

 

「や、こんなところで何してるの?」

夜、真奈が一人で月光浴をしているとカシスとミューが姿を現した。

「月光浴ですよ。」

真奈が微笑むと、カシスとミューは真奈の横に腰を下ろした。

春の夜風が頬をなでていく。

ちょうど風呂上りの三人には心地いい風だった。

「そういえば、一つだけ気になってたんだけど…」

思い出したようにカシスが言った。

「今度アルゼルが襲ってきたらどうするつもり?ざっと見立ててみたけど、アルゼルは天使としてかなりの実力者だと思うわけよ。勝算はなにかあるの?」

「ありません♪」

真奈があまりにもあっけらかんと答えたからカシスは思わず屋根から転がり落ちそうになっていた。

「大丈夫ですか?」

少しだけすべり落ちたカシスに心配そうに手を差し伸べる。

「あたしはあんたの頭の中の方が心配だわよ。」

呆れて大きなため息をつく。

「でも、大丈夫だと思いますよ。私たちは自分の意志でアルゼルさんと戦うんですよね?」

「まぁ、そうなるわね。」

「人間の意志はどんな絶対的不利な状況だって跳ね除けることができる。私はそう信じてますから。」

真奈はなんの迷いもなく月を見上げていた。

「意思の力…か。そう言えば、ザインを送還するときもそんなことを言ってたわね。それも『ある人』の教え?」

「はい。彼女は私を私に戻してくれた恩人なんですよ。」

そういっていつものようにニコリと微笑んでみせる。

「うみゅ〜?お姉ちゃんをお姉ちゃんに?よくわからないよぅ。」

ミューは考えれば考えるほど混乱していっているようだ。

「ふふ、ミューにはちょっと難しかったかもね。」

「うみゅ。カシスお姉ちゃんはわかったのぉ?」

「もちろんよ。つまり、『彼女』はあたしにとってはマナってこと。マナのおかげで、あたしはあたしになれたもん。」

カシスが軽く笑いながら言う。ミューはさらに混乱していた。

「私はそんな大げさなことなにもしてませんよ。」

「そうかもね。でも、マナと出会えなかったら、あたしはきっと大変なことになってたから…」

「少しでも助けになれたのなら幸いです。」

二人で顔を見合わせて笑う。

「でも、本当はアルゼルさんとは戦いたくないです。アルゼルさんはただお母さんを大切に思っているだけなんですから…。」

「そうだね。なんとか話し合いで済んだらいいんだけど…」

どこかの空の下で同じ月を見ているのであろうアルゼルの姿を思い浮かべた。

月はただ優しく世界を照らし、風は気まぐれに髪をもてあそびながら駆け抜けていた…。

 

それから数日の時間がたった。

場面はかわってサイジェントの高級住宅街の中でも際立って大きい屋敷の一室。

いかにもな模様をあしらってある部屋でミニスがイムランから召喚術を学んでいた。

「金の派閥の召喚士…ミニス=マーンの名において命ずる…。出でよ、タケシー!!」

部屋にミニスの声が響く。

しかし、タケシーは姿を現さなかった。

「…ふぅ、やはり駄目か…」

イムランはあきれたようにため息をつく。

その度に、ミニスは身を引き裂かれるような思いをしながら片身が狭くなっていた。

「まぁまぁ、兄貴よ。ミニスはまだ子どもなんだぜ?そのうちドでかい召喚術を覚えるさ。なぁ?」

ミニスの召喚術に立ち会っていたイムランの弟、マーン三兄弟の次男坊・キムランがミニスの肩をぽんぽんと叩きながら豪快に笑う。

イムランは呆れて部屋を出て行った。

イムランに見放されたと思ったからか、ミニスはうつむいて座り込む。

そんなミニスを見て困ったのはキムランだ。

凶悪な外見とは裏腹に優しいところがあるキムランはなんとかミニスを慰めようとするが、ミニスは依然俯いたままだった。

「…ねぇ、叔父様…召喚術は道具だよね?召喚獣は友達なんかじゃ…ないんだよね?」

ミニスは昔、召喚獣と友達になるために召喚術を学んでいた。

しかし、周りの大人たちはミニスに再教育をした。

召喚術は道具。

召喚獣は友達ではないのだと。

「でも…召喚獣はお友達だって…それが本当の召喚術だって…」

「…誰がそんなことを?」

召喚術に関する文献をどっさりと持って部屋に戻ってきたイムランがミニスに聞いた。

「スラムに住んでいる…マナって人…」

イムランはそれを聞いた途端に高価そうな文献を投げ捨てるように置いて、きびすを返した。

「ミニス、ついてきなさい。」

そういって、イムランは再び部屋をでる。

ミニスは驚いた表情のまま、イムランに言われたとおり後をついていくことにした。

 

また場面は変わって、リィンバウムのどこかの空の上。

アルゼルは一人、なにをするわけでもなく漂っていた。

(ア…ルゼ…ル…)

アルミネの声が頭に響く。

(母さん…どうして…どうして人間の言うまま召喚兵器になんかなったのさっ!?)

これは召喚兵器となったアルミネとの戦いの時の会話だ。

アルゼルを前にしてかろうじて自我を取り戻したアルミネに、アルゼルは質問を投げかけた。

(母さんの力なら人間なんて簡単に振り払えたはずだ!いったいどうして!?)

(アルゼル…たしかに、人間は間違った力を手に入れてしまった…でも…人間はまだ…)

そこで彼女はまた自我を失ってしまった。

あるいは、彼女は自我を取り戻したのではく人間がそう仕向けたのかもしれない。

完全に油断していたアルゼルの腹をアルミネのランスが貫いていた。

アルゼルは翼を羽ばたかせる力をも失って地面に激突する。

そしてクレスメントの召喚士によって封印されてしまうのだった。

(…母さんは…あの時俺になにを言おうとしてんだろう?人間はまだ…なんだというのだ!?)

あの日、真奈たちの下を飛び立ってから、アルゼルは一人そのことを考え続けていた。しかし、答えは一向に出てこない。

(あいつなら…マナならばその答えが解ると言うのか…?)

誰がそういったわけでもない。だが漠然とそう感じ取ったアルゼルは、もう一度真奈と会うことを決意してその空域を飛び立っていった。

 

さらに場所は変わってスラム街の一角。

真奈達は石段に腰を下ろして猫と戯れていた。

猫たちと一緒に走り回るミューをぼーっと見つめながら、真奈は無気力に猫の餌をばら撒いている。

「どうしたの?」

カシスが心配そうな表情で真奈の横に腰を下ろした。

「ミニスさんやアルゼルさんの事…考えてました。」

カシスが腕を組んであごに手を当てる。

「アルゼルか…たしかに、あれ以来なにもちょっかいだしてこないわね。」

「約束を破っていることはないと思いますけど、できれば戦いたくなんかないんです。でも、彼の話を聞いてしまった以上、人間を憎むのをやめてくださいとも言えません。」

アルゼルの過去の話はすべてカシス達も真奈から聞き知っていた。

「ゲイル…召喚兵器の話は本当に一部の召喚士しか知らないわ。蒼、金の各派閥の中でも極限られた人しか知らないと思う。」

つまり、それくらい召喚士の大儀が問われるできごとだったということだ。

「カシスさんは知っていたんですか?」

「うん。あたしの家の書庫にそれに関する文献があったもの。でも、まさか当事者と会うことになるなんて思いもよらなかったわ。」

『できればかかわりたくなかったけどね』と苦笑いを見せていた。

「それにミニスのこと…か。」

「ええ、金の派閥では召喚術をお金儲けの道具として教えているんでしょうか?」

「まぁ、そうなるわね。」

「だとしたら…とんでもない所だなって…思って…」

「んー、一概にそうとも言えないのよねぇ。例えば、召喚獣を使って労働力を得る。そうすることによって人間には困難な作業とかをこなしてもらったりしてるし、事実、金の派閥のおかげで急速に栄えた町はたくさんあるのよ。」

真奈がいた地球で、牛に田畑を耕してもらっていたように、召喚獣の力をかりていろんな作業をしている。それは金の派閥の召喚士が考え出したシステムだった。

「それに、蒼の派閥だってたいしたものじゃないわよ。彼らからみれば、召喚術は自分の家柄、立場、権力を証明するためのもの。どっちにしても対等の友人なんて考えはないんじゃないかな。」

「…悲しい事実…ですね。」

「そう、それが事実なのだよ。」

不意に掛けられた声に身を強張らせて振り返ると、そこにはすごい形相のイムラン=マーンが居た。

ミニスも一緒だ。

「また出たのね、眉なし陰険ヒスオヤジ。」

カシスはやれやれと大きなため息をついた。

しかし、イムランは気にも留めていないようで、まるで計画されていたことかのように召喚術を発動させた。

闇を纏い姿を見せたそれを見て真奈達は驚愕する。

「魔臣ガルマザリア…っ!!」

精気を感じられない瞳は、彼女がすでイムランの誓約の支配下にあることを証明していた。

「私の姪に余計なことを吹き込まないでもらおうっ!これ以上召喚術習得の遅延は許されんのだっ!!」

イムランがヒステリックに叫ぶと同時に、ガルマザリアが突撃していた。

大きな剣を振り下ろして衝撃波を飛ばしてくる。

真奈は一瞬反応が遅れたカシスを引っ張りながら地面に伏せて衝撃波を交わすとイムランに背を向けて一直線に走り出す。ミューもそれに続いてその場を離れた。

「むっ!逃げるかっ!!」

「逃げますよっ!ガルマさんの強さはよく知ってますし、なによりここではニャンコさんたちに迷惑がかかりますからっ!」

言い残して真奈たちが撤退する。

「ミニス、追うぞっ!」

ミニスを促して走り出す。

真奈たちを追いながら、イムランはやはりヒステリックに叫びながら言った。

「いいかっ、奴らの言う【本当の召喚術】と私の【召喚術】。どちらが優れているか、お前の目で確かめるのだっ!」

「は、はいっ!」

ミニスが頷いたのを確認して真奈の姿を探す。

どうやらスラムの奥の方に逃げて行ったらしい。

「でも、叔父様。また二重誓約で召喚術を奪われたらどうするの?」

ミニスの心配ももっともだ。真奈はあれを二重誓約ではないと言った。

しかし、何らかの方法でタケシーをイムランの支配下から解き放ったのもまた事実なのだ。だが、イムランは今回はそうならないと確信していた。

以前は多数の対象を同時に誓約していた為、誓約の魔力が分散していたのだ。

今回は誓約の魔力をすべてガルマザリアに注いでいる。

これで二重誓約されてしまうようならば、どんな手を用いたところでイムランに勝機はないだろう。

「見つけたぞっ!」

壁際に追い詰められた真奈たち。

ガルマザリアはじりじりと近づいてきた。

「レイド達…来てくれるよね?」

カシスが言った。冷や汗が頬を伝っているのが自分でも良くわかる。

「多分…無理ですね。レイドさんはサイジェント中央の剣術道場に行ってますし、エドスさんもお仕事でサイジェントの外に出ています。ガゼルさんはリプレさんに連れられてお買い物をしに商店街へ…」

「マジで?かぁ〜絶対絶命って奴ね。」

「うみゅみゅ。どーするのぉ?」

「タケシーを呼んで電撃でまとめちゃえ♪」

カシスがこれは名案!と手を叩きながら言った。

「嫌です。こんな力を誇示するための戦いにタケシーさんを呼ぶわけにはいきませんよ。なんとか話し合いで…」

「問答無用で襲ってくる奴が人の話なんて聞きはしないわよっ!」

たしかに、今のイムランにはとても話し合いでどうこうできそうにない険悪な雰囲気が漂っていた。

「仕方ありませんね…私が囮になります。」

「って、あんたまた自分が犠牲になるつもり!?」

「違いますってば。イムランさんの狙いは私ですから囮役は私しかいないじゃないですか。ミューさんのすばやさならガルマさんの隙を突いてイムランさんに攻撃できるはずです。…任せてもいいですか?」

「うん!任せて任せて♪」

「カシスさん、ミューさんの援護をお願いします。」

「わかったわ!」

「うみゅう!!」

真奈がガルマザリアの正面に立った瞬間、ミューがその脇をすり抜けて走り出す。

いつものガルマザリアならばとっさに反応することもできただろうが、誓約の支配下にある今は反応することができない。

(そうか、今はガルマさんは実力を全部発揮することはできない…!)

真奈は判断するが早いか、ガルマザリアの腕を引きながら両足を払う。

急に支えを失ってガルマザリアが地面にひれ伏した。

「カシスさん、今のうちに!」

「わかった!」

ミューのあとに続いて同時にイムランに攻撃をいれる。

が、それよりも早く体制を立て直したガルマザリアが後ろから真奈たちを叩きつけていた。

三人は倒れながらもバランスを立て直してすぐに身構える。

「反応は鈍いくせにミューのスピードに追いつくなんて…」

カシスが舌打ちしながらガルマザリアをにらみつける。

「さすがA級悪魔ってところだな。」

イムランのものではない男の声が上から聞こえてくる。

それはアルゼルの声だった。

カシスは血の気が引いていくのを感じていた。

「うっそぉ!?なんてタイミングでくるのよ!?」

予期できなかった事態だ。

ただでさえ厄介な敵・ガルマザリアに加えて、おそらくS級天使であろうアルゼルが敵として現れたのだ。

この上なくやばい状況だった。

正面にガルマザリア、上にアルゼル、背後にイムラン…。

完全に取り囲まれた状態の三人。

完全に絶対絶命の危機に瀕してしまった…。

今、運命の歯車がゆっくりと動き始めていた…

次回 サモンナイト紅田Ver第8話
決断

目の前にイムランさん、上空にはアルゼルさん。
絶体絶命の危機に陥った私たちは逃げる事も出来ずに戦いを強行する。
敗色が濃厚になった戦況を一変させたのは彼女の一撃だった。

次回予告

<<六話へ八話へ>>
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送